主焦点広視野CCDカメラ:Suprime-cam




1.装置概要

1.1 要約

1.2 ハードウエア仕様

1.3 データ取得(DAQ)

1.4 データ解析ソフト

1.5 限界等級

2.Suprime-camが拓く天文学

2.1 キープロジェクト「銀河の進化と宇宙の構造」

2.2 宇宙の距離尺度と特異速度場

2.3 銀河団と銀河の進化

2.4 クェーサーの探査

2.5 重力レンズ天文学

2.6 活動銀河核、クェーサー、星生成領域の狭帯域撮像

2.7 近傍銀河のダークマター

2.8 銀河系の構造と形成過程

2.9 太陽系の深探査

3.装置の詳細

3.1 カメラ機構概要

3.2 窓材の検討
3.2.1 はじめに
3.2.2 窓厚と変形量および安全係数
3.2.3 計算結果
3.2.4 今後の作業

3.3 機械系
3.3.1 デュワー本体
3.3.2 CCDアレイ・マザープレート

3.4 熱設計
3.4.1 熱計算(概算)
3.4.2 熱計算(モデルシミュレーション)
3.4.3 結論

3.5 エレクトロニクス

3.6 シャッター
3.6.1 必要とされる性能
3.6.2 プロトタイプの設計
3.6.3 プロトタイプ機の性能評価
3.6.4 実機製作に向かって

3.7 フィルター交換機構

3.8 データ取得システム:DAQ
3.8.1 概要
3.8.2 Messia-III概要(Messia-IIIマニュアルより許可を得て転載)

4.光学系の設計とその性能評価

4.1 補正光学系の光学性能
4.1.1 スポットダイアグラム
4.1.2 像面歪曲 (distortion)
4.1.3 分光感度特性
4.1.4 フィルターとデューワー窓の影響

4.2 カセグレン焦点に装着時の光学性能

5.限界等級の計算

5.1 はじめに

5.2 Signal

5.3 Noise

5.4 S/N

6.データ解析ソフト

6.1 現在のモザイクCCDカメラのソフト概要

6.2 すばるのソフトへ
6.2.1 ファイルの形式と名前について
6.2.2 WCS について
6.2.3 ソフトウェアの完成までに必要なこと
6.2.4 現在利用可能なソフトウェアツール

6.3 観測器がソフトを通してデータに付加する情報

6.4 FITSキーワード(案)

7.Suprime-cam の標準測光バンドシステム

8.開発グループと役割分担

9.開発のタイムスケジュール

10.Suprime-cam予算年次計画

A.冷凍機

B. CCD の emissivity

C.主焦点バッフルについて

D.主焦点観測装置




1 装置概要


1.1 要約


 「すばる」主焦点(視野直径30分角)のほぼ全面を、15ミクロンの画素、ピー ク量子効率90 % を有する2000×4000画素のCCD素子10個を用い て覆い尽くす主焦点広視野カメラSuprime-camは、帯域幅30Å 以下の極狭帯域撮像を別にすれば、波長0.30〜1.1ミクロンの可視光帯 における撮像観測のほとんどすべての要求に答え得る装置であり、太陽系の深 探査から宇宙論的観測まで、「すばる」による幅広い天文学展開のもっとも基礎と なる装置の一つである。
 Suprime-camは、TDIモードでは使用せず、staringモードで深い観測を行い、 「すばる」で観測可能な最も暗い天体の検出、多色測光(=最も粗い分光)、 および形状と位置測定を行う。主要なターゲットは、B=28〜30等級の 天体である。
 Suprime-camは、ハードウェアだけでなく、データ処理と解析のための標準的な ソフトウェアを含めた天文学研究のための一つの 自己完結したツールとして設計・開発される。 また、Suprime-camの製作により実現されるCCDのモザイク化 に関する機械的・電気的技術は、大フォーマットCCDをモザイク化して使用 する、「すばる」のすべての観測装置のカメラ製作の基盤技術である。
 他の8m級望遠鏡は、広視野の主焦点を有しないこともあり、Suprime-camに 匹敵する30分角視野のCCDカメラ計画が具体化されているものはない。 ハワイ大学で、Suprime-camに用いる予定の素子と同型の素子を8素子並 べた8000×8000画素のモザイクCCDカメラが1995年春に開発さ れテスト使用が行なわれているが、Suprime-camでは量子効率の ずっと高い素子を用いる予定である。同種のカメラはおそらく、4m クラスの望遠鏡でも次第に使われるようになろう。 物理的な感光面積と視野ともにSuprime-camを凌ぐものはスローン ディジタルスカイサーベイ(SDSS)用のモザイクCCDカメラのみであるが、 これは2.5mの専用望遠鏡につけられる。
光損失最少の主焦点において、視野直径30分角を分解能0.2秒角で 撮像するSuprime-camは、最も暗い天体、 そして宇宙の涯てを見ようとする「すばる」の象徴であり、「世界一」の望遠鏡と なるべき「すばる」に必要不可欠の装置と言える。

1.2 ハードウエア仕様


CCD素子単位: 	  2000×4000画素、3辺隣接可能型、15μm画素
裏面照射、分光感度 0.30〜1.1μm

CCD素子の数: 10単位(5個×2列)

全画素数: 10000×8000画素

画素サイズ: 15μm
(主焦点で約0.2秒角、カセグレン焦点で約0.03秒角)

撮像面積: 15cm×12cm
(主焦点で約30分角×24分角、カセグレン焦点で約5分角×4分角)

画素の位置精度: xy方向5μm、z方向10μm(焦点深度15μm)

読みだし時間: 低速モード 20〜40秒
高速モード  7〜14秒

読みだしノイズ: 低速モード 3e以下(目標1e)
高速モード 7e以下

データ量: 160MB(一露光当たり)

CCD駆動温度: -80度ないし-90度C

冷却方式: スターリングサイクル冷凍機2台による


結露防止: 空気吹き付けによる

観測モード: ステアリングモード(ポインティングモード)

デュアーサイズ: 直径292mm×高さ約120cm
フィルタ枚数: 10枚を自動交換可能

シャッタ: 1秒〜開放(1秒刻み) (0.1秒までを目指す)

重量: デュワー 約20Kg、フィルタ交換機構 約20Kg

消費電力: 100W(デュアー内)、300W(VME)、100W(冷凍器)

データ解析ソフト: 画像から天体カタログを自動生成する(2時間/1露光)


1.3 データ取得(DAQ)


データ取得はすばるの標準的なCCDコントロール+DAQシステムである Messia-IIIに準拠しておこなう。現在の標準のMessia のボードだけだとメモリーへ書き込めるデータは転送速度500Kbyte/secで 最大128Mbyte程度が限界である。これより速く多くのデータを取るためには独立した メモリーボードを作る必要がある。

1.4 データ解析ソフト


モザイクカメラのグループはこれまでに 2 台のモザイク CCD カメラを製作し、 木曽観測所のシュミットカメラ、ラス・カンパナス天文台の 1m 望遠鏡、 ラ・パルマ天文台の 4.2m ウィリアム・ハーシェル望遠鏡などを用いて 実際の観測を行ってきている。この観測データを処理解析するための 基本的なソフトウェアも既に完成し、実用に供されている。 これまでに作成してきたモザイク CCD カメラは Suprime-cam のプロトタイプであり、 得られるデータの基本的な構造と性質は変わらない。 したがって、Suprime-cam のデータ解析用ソフトウェアも これまでに蓄積されたソフトウェアの延長と考えて良い。
Suprime-cam のために行わねばならないソフトウェアの 変更点は、 すばる望遠鏡の標準インターフェイスとの結合、 すばる望遠鏡の特性への対応、データ形式の変更、 データアーカイブへの対応、および更なる機能の拡充など である。その詳細は6章に述べるが大きな困難を伴うものはない。
現有のソフトからすばる望遠鏡へ向けたソフトウエアの整備のために 用いることのできる(使用実績のある)ツール(関数 あるいはサブルーチンライブラリ)も、imc, SPIRAL, FITSIO, PGPLOT, WCSなど、 本開発グループ のメンバーが開発に関与したものも含め多数ある。 これらの存在も上記の整備作業を保証する要素である。

1.5 限界等級


広帯域の測光バンドで点光源を1時間積分した場合、S/N=10に なる等級は、U=25.2, B=27.0, V=26.5, R=26.5, I=25.6 magである。詳しいデータは 5 章に示す。

2 Suprime-camが拓く天文学


Suprime-camの特長は何といってもその視野の広さにある。分解能においては HSTには残念ながらわずかに及ばないであろう。また撮像の深さにおいては 他の8-10m級の望遠鏡(のカセグレン/ナスミス焦点)と大差ないと思われる。 したがって、Suprime-camのユニークさを最大限に発揮する研究テーマは サーベイ的なもの、アストロメトリが重要な要素となるもの、見かけの 大きな(面輝度の低い)天体を対象とするものなどになる。 ほとんどの研究テーマは撮像観測だけで閉じるものではなく、 可視光および赤外線の分光観測と補い合って展開することになろう。
我々開発グループは、FOCASやIRCSなど分光装置の開発グループと 協力して、「銀河の進化と宇宙の構造」を明らかにするための キープロジェクトをいわゆるPVフェイズに行なうことを提案する。 これは、観測的宇宙論の最大の研究課題であり、この解明にどこまで 迫れるかで、8-10m級望遠鏡の真価が問われるといっても過言ではない。 それぞれの装置開発グループの間での協議はまだ始まっていないが、 「すばる」望遠鏡としてのキープロジェクトに必ずや理解が得られる ものと期待している。

2.1 キープロジェクト「銀河の進化と宇宙の構造」


本研究では、まず10平方度程度の天域(40-50視野)を、u', g', r', i', z' で撮像し、全体で数100万個のオーダーのB>28等級の 銀河のの明るさと色、形、大きさ、及び位置を測定する。この撮像観測に約 20夜かかる。近赤外でのデータも是非欲しい。仮に近赤外のモザイク カメラがあるとして、観測に10夜充てるとすると、1平方度以上(銀河 10万個以上)はカバーできるだろう。 こうして得た測光サンプルの銀河のうちからB〜 26等級より明るいものを選び出し、 FOCASやIRCSなどの分光器により分光観測を行う。23等級より明るいものは、 主焦点の多天体ファイバー分光器があればそれでも観測できるだろう。 全領域では対象銀河は数10万個のオーダー になるので、天域は1平方度以下程度に限定せざるを得まい。この赤方偏移z のある分光サブサンプルを基準とし、測光サンプルとあわせて銀河の進化 と宇宙の構造を明らかにするため、次のような研究を行なう。 なお、B〜 28等級では、z〜 1 − 2の銀河が多いと推定される。 z=1においては1°〜30h^-1 Mpcとなるので、 Suprime-camの30分の視野は大規模構造の探査にも良くマッチしている。 また、SDSSと同じ測光バンドを用いるので、SDSSで得られる近傍銀河 のデータを、Suprime-camで得られる遠方の銀河のデータと直接つなげ られることも大きな利点である。


このデータは、広い天域をカバーし、8m望遠鏡の限界近くの暗い天体 を含んでいるので、このキープロジェクトとは直接は関係しない 多くの研究テーマにも使える。いくつか例を挙げておく。

このキープロジェクトの他にも、Suprime-camによって拓かれる多くの 研究テーマが考えられる。以下にいくつかの例を示す。

2.2 宇宙の距離尺度と特異速度場


  • [近距離銀河団の観測] ~
     広い天域にわたって多数の銀河団を観測してそれらの距離を求め、距離決定 を今日の限界の数倍遠くまで延ばす。フィールド銀河も観測するにしくはない。 面輝度ゆらぎ、惑星状星雲の光度関数などが有望な方法である。これらの方法 の適用限界は、今日の4m級望遠鏡では後退速度約3000km/s(おとめ座銀 河団の約2倍)であるが、これを11000km/s(ヘルクレス座銀河団)以 上に延ばす。可視光版タリー・フィッシャー関係やD_n-σ関係などを 利用することもできる。銀河団中の最も明るい銀河(BCM)を用いれば、さらにこ れより遠くまで距離を推定できる。銀河団の多色測光データは、宇宙の距離尺 度を決めるハッブル定数とその揺らぎの度合い、距離指標関係の普遍性の検討、 特異速度場のマッピングと密度パラメータの決定など密接に関連する課題の究 明の基礎データとなる。
     観測する銀河団の選定にも、SDSSのデータベースが重要な役割を果 たすであろう。
  • [遠方の超新星探査] ~
     遠方のいくつかの銀河団(z>0.2)をモニターして超新星を多数観測で きれば、ハッブル定数と密度パラメータを独立に決定できる可能性がある。

    2.3 銀河団と銀河の進化


  • [遠方の銀河団の多色撮像観測]~
     赤方偏移z=0.1-1の間にある銀河団を多数観測し(赤方偏移の観測と 併せて)、銀河団の形態、光度関数 (L*,α)、速度分散、メンバー銀河の 形態と色などがzとともにどのように変化してきたかを明らかにする。
  • [超遠方の銀河団探査]~
     いつの時代に銀河団という階層の天体が出現したかを調べる。X線で探査さ れた領域の観測が効果的である。(キープロジェクトのデータも利用できる)
  • [クェーサーのまわりの輝線銀河(原始銀河候補)探査]~
     クェーサーの赤方偏移にあわせてライマンαフィルタを作り、クェー サーのまわりの深い探査を行う。これまでに何度となく試みられているが、 Suprime-camの性能は、シャープなイメージと相まって、新しい展開に つながることが期待される。 <

    2.4 クェーサーの探査


    多色撮像データから、多色図を用いてクェーサー(特にz>4の)を 探査する。キープロジェクトのデータを主に使うが、他の目的 で撮られたものでも全て探してみる価値はある。

    2.5 重力レンズ天文学



    2.6 活動銀河核、クェーサー、星生成領域の狭帯域撮像



    2.7 近傍銀河のダークマター


     星に分解されて見える局部銀河群の矮小銀河の多色測光データから、深い詳 細な色−等級図を作成し、星の質量の総和を精度良く評価する。分光観測から 求めた力学質量と比較して、ダークマターの有無と存在量を明らかにする。  球状星団についても同様の手法で比較のための解析を行う。

    2.8 銀河系の構造と形成過程


     深いスターカウント(キープロジェクト参照)を行い、固有運動(Suprime-cam の広視野は天体の精密位置決定に本質的な役割を果たすであろう)と、元素 組成のデータを合わせることにより、銀河系の解剖学的研究を展開できる。 金属超欠乏星の探査にも威力を発揮するだろう。

    2.9 太陽系の深探査


     微光小惑星の系統的性質、カイパーベルトにあると考えられる微光天体の探 査、彗星の中心核周辺の現象とその時間変化の追跡など、太陽系の深探査をこ れまで行われたことがないほどの深さと規模で展開することができる。

     以上はあくまでも現時点で考えられるもののほんの一例である。 すでに取り組みが始まっているものも多い。なかには、すばるが観測を 始める時点で本質的なところは解明されているものすらあるかも知れない。 研究は日々刻々と進歩するものであり、常にその進歩の最前線を歩んで いれば、その時点その時点での先端的テーマが切り開けるはずである。 もちろん、真の醍醐味は、思いもかけなかった研究テーマの出現にあることは 言うまでもないが、それは定義により予想出来ないものである。

    3 装置の詳細


    3.1 カメラ機構概要


    図3.1.1にカメラのデザイン全体を示す。 図3.1.2が立体分解図である。 カメラは本体のデュワー、 背面に配置された冷凍機と外部エレクトロニクス、およ びさらにその背面のフィルタースタッカーからなる。カメラ前面にはフィル ターホルダーとシャッターが配置されている。
    カメラ本体はこれまでのモザイクカメラの外観を受継いだ平べったいものとな っている。カメラ内部にはCCDを並べた板とクロックドライバー・プリアン プのエレクトロニクスが配置されている。
    デュワーのすぐ背面には冷凍機・エレクトロニクスなど発熱するものが集め られており、この部分全体は断熱シルード(缶)に覆われており、この間の内 部に熱交換機構を備えて排熱を行う。
    CCD群の対角方向の大きさは約22cmになりこのためデュワー本体の外形は約 30cm近くなる。全体として内径80cmの主焦点スペースに収まらなければ ならないが、(80-30)÷2=25cmのスペースがデュワー周囲に与え られている。これはフィルター交換機構には十分な大きさとはいえないため、 フィルタースタッカーはデュワーの背面に配置されている。

    3.2 窓材の検討


    3.2.1 はじめに

    Suprime-camの窓は比較的大型となるので、使用材質と厚みについては充分検 討する必要がある。強度的にはサファイアガラスが優れているが、このガラス は放射能が完全にないものは稀なので、天文用カメラの窓材には向かないとさ れている。 我々は熔融石英(Fuzed Quartz) を用いることを前提に、いくつかのテストの準備を始めている。 熔融石英は、他の光透過性物質と比較して、遠紫外域から赤外域 までの透過性が非常に優れている。この透過性は、製造方法および 光路長(板厚)によって異なるので、使用条件に合わせて品種 を選択する必要がある。
    まず窓の大きさを推定する。2K×4K CCDチップ10枚で覆われ る面の対角線の長さは約200mmであるチップと窓の距離は10mmなので、F/2 のビームを考えると窓の直径は最低205mm必要である。支持部分の余裕も考え て窓材としては240mmφのものを想定する。 熔融石英の物性定数 を表3.2.1に掲げる。また、板厚10mmのものに対する 分光透過率を図3.2.1に示す。

    (略) 図3.2.1 熔融石英 ( 厚み 10mm ) の分光透過率


    表3.2.1 熔融石英の物性

    引っ張り強度(F_a) 48.92×10^6Pa
    ヤング率  (E) 69.66×10^9Pa
    ポアソン比(ν) 0.17



    3.2.2 窓厚と変形量および安全係数


    窓材の検討に関して重要な関係式は次の4つである。窓の支持されない 部分の直径をD、厚みをtとするとき、
    
S 	 = 	 (4Fa)/(KP)・((t)/(D))^2
l 	 = 	 (3P)/(256E)(ν^2+4ν-5)・(D/t)^3・D
R 	 = 	 (l^2+(D/2)^2)/(2l)
t_b 	 = 	 ((KP)/(4Fa))^(1/2)・D
    ここでSは安全係数、Kは支持法による定数で、端を固定しない窓に対しては K=1.125とされている。またPは窓の内外の圧力差であり、1気圧の下では K=1.01×10^5 Paである。さらにlは窓の中心における変形量、 Rは変形面の曲率半径、t_b は軽い衝撃によっても窓が割れる可能性のある限界 厚みである。この4つの式を全体として整合的に解いて適当な厚みを求める。この際、 安全係数3以下では危険であり、4程度以上にすることが推奨されている。一方 で、すばる主焦点のように口径比が明るいビームに対しては、色収差の影響を 避けるためには窓厚が薄い方が良いことはいうまでもない。

    3.2.3 計算結果


    クリア・アパーチャD=220 mmとして安全係数3-8に対して窓厚、中心での変形量、 及び曲率半径を求めると表3.2.2のようになる。窓のたわみが星像に与える影響が 十分に小さいことは確認済みである(4.1参照)。


    表3.2.2 熔融石英窓の厚さと変形量 (D=220mm, t_b=5.3mm)


    S t(mm) l(μm) R(m)

    3 9.1 226 26.8
    4 10.6 143 42.3
    5 11.8 104 58.2
    6 12.9 79.5 76.1
    7 14.0 62.2 97.2
    8 14.9 51.6 117


    3.2.4 今後の作業


    現在直径240mmの熔融石英で厚み10mm, 15mm, 20mmのものを購入してある。 これを実際に真空窓に使用し、レーザー変位計を用いて変形量を測定し、 上記計算式の妥当性をチェックする。式の妥当性が確認できたら、厚みを決定する。 デュアーの詳細設計が決まり、窓の正確なサイズが決まった時点で 窓材を発注し、AR コートを施して完成させる。


    3.3 機械系


    3.3.1 デュワー本体


    デュワー本体の分解立体図を 図3.1.2 に示す。デュワーは(1)窓部分、 (2)デュワー枠、(3)CCDアレイ、(4)マザープレート、(5)内部エ レクトロニクスからなっている。全体的な制約として、フィルター交換のため のスペースを確保するため直径を最小限にすることがあげられる。
    図3.3.1 は窓枠部分の詳細図面である。これまでのモザイクカメラは窓に強 化ガラスを使っていた。強化ガラスを使用すると四角い窓でも十分な強度が得 られるため、デュワーの小型化が容易であった。すばるの場合は光学特性が最 優先されるため、窓は石英であり丸型の窓ガラスとなった。また主焦点補正 光学系の背面から焦点までの距離も18cmと限られているため、デュワー前面側は 出来るだけ薄くする事が要求される。図3.3.2はデュワー枠の詳細図面である。

    3.3.2 CCDアレイ・マザープレート


    図3.3.3 にCCDアレイを示す。CCDは2×5の構成で並べられている。 各々のCCDアレイはマザープレート上に固定されている。マザープレート はCCDを固定するため及び冷却するために使われている。

    CCDユニット

    図3.3.4 に一つのCCDユニットを示す。 図3.3.5 がその立体分解図である。 まずメーカから供給されるCCDは、板状のパッケージに装着されている 。参考までに図3.3.6はSITe社の場合、図3.3.7はEEV社の場合のCCD の外形図面を示す。
    すばる主焦点ではピクセルサイズが約0.18秒(15ミクロン)、入射ビームは F2である。最良seeingが約0.3秒角(25ミクロン)として、焦点の平面性は 最悪でも約±30ミクロン以内であることが要求される。CCDは納入された 状態ではパッケージ下面から感光面表面までの距離や平行度は、要求される平 面性と比較してまったくCCDごとにまちまちである。これを較正・補正しす べてのCCDユニットが完全に平行で同じ高さを持つようにするため、CCD パッケージ下面にスペーサーを接着する。 図3.3.8 に示すように、接着時 に両者の間には受光面が平行で決められた高さになるように最適の直径のW-Cu (タングステン銅)が入れられて調整される。 図3.3.9 にその調整の様子を示す。 この方法はこれまでのモザイクカメラの製作で確立された技術である。

    スペーサー

    スペーサーはパッケージに接着するため、熱膨張係数はCCDパッケージの膨 張係数と良くマッチしていなければならない。現在のところパッケージの材質は メーカーによってまちまちであるため(SITeはインバー、EEVはアルミ、 MIT-LLはインバーかマグネシウム)、スペーサーの材質は特定していない。熱 伝導がよければパッケージと同じ材質が使え、多くの場合は窒化アルミ系のセ ラミック(膨張係数約2.0 × 10^-6、熱伝導は銅の1/4程度)が使用 可能と思われる。
    なおスペーサー下面には 図3.3.10 に見られるように2本のピンが取付けられ る。このピンはマザープレートの穴に勘合し、(1)CCD脱着の際のガイド になり、(2)CCDの平面内の位置を固定する役割をする。このカメラは CCD同士が極めて近接しているため、ガイドなしでは脱着の際に隣のCCDと 衝突して破損する恐れがある。ガイドピンの元の部分とマザープレートの穴 は精密加工されおり、位置決めの再現性は±10ミクロン程度になる。また 脱着の際には、スペーサーにあけられた2つのネジ穴にジグを一時固定し、 CCDユニットが安全につかめる様になっている。さらにスペーサー中央部には CCDユニットをマザープレートに固定する際に使うネジ穴が3つ作られてい る。(マザープレートとスペーサーの材質が違う場合でも、ある程度の膨張の 違いは吸収する設計になっている。)

    マザープレート

    図3.3.10 にマザープレートを示す。マザープレートは約150cm×150cm で1cm厚の窒化アルミ系のセラミックから出来ている。このセラミッ クは熱膨張係数がシリコンに近い事、熱伝導が良い事から、われわれの目的に は最適である。実際には超硬工具で加工の出来るマシナブルな窒化アルミを使 うが、この材料はいままでのモザイクカメラにスペーサーとして使用した実績 がある。マザープレートは±10ミクロンの平面性で加工されている。
    図3.3.11 に示したように、マザープレートはデュワー枠に樹脂のサポートで 固定される。この樹脂はガラス繊維入りのポリカーボネイトで、(1)熱伝導が ガラスエポキシの約半分、(2)ヤング率がアルミとほぼ同等、(3)機械加工の 精度が高い、という特徴がありこれまでのモザイクカメラでの実績がある。
    マザープレート裏側には冷凍機からのコールドフィンガーが固定され、冷却さ れる。温度制御はデュワー外部で冷凍機の駆動電流を制御する事で行う。

    デュワー内エレクトロニクス

    CCDチップからの信号線をデュワー外部へ直接送ることは、静電気によって 極めて高価なCCDを破壊することの原因となる。したがって、CCD信号に直結 するクロックドライバーとプリアンプの回路はデュワー内部に配置される。 図3.3.12 にそれを示す。電気的な仕様はエレクトロニクスの部分で述べる。 この回路の物理的設計には今までのカメラ製作のノウハウが結集されている。 回路は4層のFlexible Printed Circuit (FPC)の上に構築されている。このFPCの 一端はCCDについているコネクターへ接続されている。もう一端はハーメチ ックコネクターへ接続されている。このFPCの中央部は太い部分がありこの 部分が回路基板となっている。CCDと回路部分のFPCの信号線は厚さ18 ミクロン、幅75ミクロン程度で、これによって完全に断熱している。CCD 一個あたり約40個の信号線があるが、これらを通した熱流入は約0.144Wにす ぎない。回路部分は表面実装部品で構成され、片面がクロックドライバー、片 面がプリアンプである。このような構成をとる事によって、コンスタンタン線 などの煩雑な配線を無くし、またFPC上に回路を作る事でデュワー内のコネ クタはCCDとの接続部分の一箇所にして信頼性を高くしている。

    冷凍機など

    デュワー背面にはエレクトロニクス・冷凍機などが取付けられている。 図3.3.13 図3.3.14 に示すようにエレクトロニクスは背面のデュワー縁、冷凍機は裏ブタ に取付けられている。エレクトロニクスは、デュワー内のクロックドライバーへ 一定電圧とデジタルクロックパターンを送るバイアス基板、プリアンプからのア ナログ信号を処理しデジタル変換するADC基板からなっている。これらの回 路からの発熱はCCD一個あたりで1W程度と見積られ、全CCD分で10W 程度になる予定である。
    冷凍機のデーターシートを付録Aとして添付する。欧米の小形スターリング サイクルの冷凍機は5−6社が作っており、もともと軍需関係が多いので信頼性は問 題ないと思われる。国産で最も小型で有望なものは、ダイキン工業のもの であり、その外形図を付録Aに示す。小型のものの冷却特性はどのメー カーも似たり寄ったりで、80°Kで冷却能力1Wというのが標準になっている 。この程度の大きさであればカメラ背面に4個程度までなら取付ける事が出来 る。現在の熱設計では2個使用する事になっている。(デュワーの熱設計に関 しては3.4章に記述されている。)
    冷凍機の振動はこの取付け方向だと焦点面と垂直になるが、画像への影響はま ったく問題ない。冷凍機の低温部はフリーの状態で15ミクロン程度の振幅で 振動している。冷凍機をデュワー裏ブタに取付けた段階でデュワーの質量でこ の振幅は減少する。さらに低温部は柔軟性のあるコールドフィンガーでマザー プレートに取付けてあり、振動がCCDに到達する事はない。
    冷凍機はそのCooling-Headの室温側がかなり発熱し、この能力のものでは40−50W の熱が発生する。主焦点に来ている冷媒を使ってこの部分を冷すと 同時に、エレクトロニクスの熱も排熱する。具体的には、この冷凍機の排熱部 に小型のフィン付のラジエーターを付け、それにファンで風を吹き付ける事でエ レクトロニクスの空冷を行う。

    配線・電源

    カメラに必要な配線は最低限として、(1)Messiaシステムからの信 号、(2)AC100V(110V?)電源、(3)排熱用冷媒の3種類である。
    すべてのDC電圧はカメラ側でAC100Vから生成できる。カメラのCCD エレクトロニクスに使用するこのアナログ電圧に望遠鏡側で供給するラインを 使うことは極めて危険である。これは長い距離を送っているためさまざまなノイ ズを拾っているし、安定性・信頼性また雷等による電磁誘導の点から、カメラ側で 生成する物を使用する。冷凍機やシャッター・フィルター交換機構のための電 源も全てカメラ側でACより生成できるが、望遠鏡側から供給される物を出来 るだけ使用するのが熱対策の面からは望ましい。機械駆動に必要な電源は具体 的な製作が始まらない限り確定は出来ないが、AC100V、DC24V、DC12V、 DC5Vが最低限必要である。電源の容量は汎用に考えた場合はそれ ぞれ最低100W程度は必要になってくる。最近の電源技術は大きさ、効率、 ノイズの点で非常に進歩している。必要最小限のAC-DCやDC-DC電源 をカメラ側に付ける事は特に問題になるとは思えない。
    なお冷凍機の電源に関してはリチウム電池などによるバックアップを装着す る。これは主にカメラを望遠鏡に取付ける間に、電源供給が断たれて冷凍機が 停止するのを防ぐためである。最新の電池は300W・h/\ell のエネルギー密度 があり、2台で100Wの冷凍機を30分動作させるためには、0.17\ell の 容積の電池を確保すれば良い。




    3.4 熱設計


    ここでは、CCDを−90°Cに冷却することを目標にして、 どのような熱源からどのくらいの熱流入があり どれくらいの冷凍機を使えば良いかを、解析的な式に基づく概算 と、コンピュータの熱解析ソフト両方によって解析する。

    3.4.1 熱計算(概算)


    ここでは熱の流入源として、カメラの窓を通して入ってくる輻射熱、 窓以外の部分から入ってくる輻射熱、光学ベンチのサポート柱から入ってくる伝導熱、 種々の導線を通して入ってくる伝導熱、カメラの内部の気体によって伝えられる 対流熱 を考え、CCD上面を−90°Cに冷やし続けた時の熱流入量を求める。 なお、外気温は10°Cと仮定した。

    窓からのRadiation


    カメラの窓を通して入ってくる熱量は次のようになる。 
   \dot{Q} = σ A ( T_H^4 - T_L^4 )
                 (ε_H ε_L) / (ε_H + ε_L - ε_H ε_L)
    ここで、

    σ : Stephan-Boltzmann Constant 5.67 × 10^-8 W m^-2 K^-4
    A : 窓の面積 π × 10.5^2 cm^2 = 3.46 × 10^-2 m^-2
    T : 温度 T_H = 283 K, T_L = 193 K
    ε : 放射率 ε_H = 1.0, ε_L = 0.5

    とすると、
    \dot{Q} = 5.2 W

    窓以外の部分からのRadiation


    カメラの窓以外をを通って入ってくる熱量は 上式に以下のような値

    A : 窓以外の部分の面積 2 π 12 cm × 4 cm = 1.51 × 10^-2 m^2
    T : 温度 T_H = 283 K, T_L = 193 K
    ε : 放射率 ε_H = 0.06, ε_L = 0.5

    を入れると、
    \dot{Q} = 0.26 W

    サポート柱からの熱伝導



    Optical Bench を支えるサポート柱からの熱流入量は次のようになる。
    
   \dot{Q}  	 = 	  A/L \int_{T_L}^{T_H} κ dT
            	 = 	  A/L \bar{κ} ( T_H - T_L )
>
<br>
ここで、<br>
<br>
  <i>κ        	  :  	  固体の熱伝導率  	  <br></i>
  <i>\bar{κ}  	  :  	  固体の平均熱伝導率  	  1.2 × 10^-3 W cm^-1 K^-1 (ポリカ),4 × 10^-3 W cm^-1 K^-1 (G10)<br> </i>
  <i>A             	  :  	  固体の断面積  	  2 cm × 2 cm = 4 cm^2<br></i>
  <i>L             	  :  	  固体の長さ  	  3 cm</i>
<br><br>
とすると、サポート柱一本あたり
<br>
<pre>
\dot{Q} =   0.16 W  	  (ポリカ)<br>
            0.53 W  	  (G10)   <br>
</pre>
サポート柱は全部で四本として、
<br>
<pre>
\dot{Q} =    0.64 W  	  (ポリカ)<br>
             2.1  W  	  (G10)
               <br>
</pre>
<br>
となる。
<br><p><b>導線からの熱伝導</b><br>
<img src=熱計算(モデルシミュレーション)


    方法

    国立天文台にあるANSYSという解析ソフトを用いて 図3.4.1にあるようなモデルで熱解析を行なった。 モデルの詳細は以下のようになっている。


    外枠 鉄 (熱伝導率 0.99 W/cm^2 K) 一辺 11.5cm の八角柱 × 6.5cm (厚さ1.0cm)
    オプティカルベンチ インヴァー (熱伝導率 0.31 W/cm^2 K) 17cm × 14cm × 0.5cm
    コールドプレート 銅 (熱伝導率 4.20 W/cm^2 K) 20cm × 7cm × 0.5cm
    サポート柱 G10 (熱伝導率 4.0×10^-3 W/cm^2 K) 2cm × 2cm × 2cm
    窓 溶融石英 (熱伝導率 1.4×10^-2 W/cm^2 K) 24cmφ × 1.5cm(ただし開口部 21cm φ )

    外気温は283Kとし、コールドプレートの両端に 3W の冷凍機を付けた時 冷却部周辺、および窓がどのような温度分布になるかを調べた。 外枠は外気と熱伝達係数 CONV = 0.001 (W/cm^2/K) で接している。
    なお、このモデルはANSYSのメモリーの制限のために カメラを1/4に分割したものを用いて解析している。

    結果

    図3.4.2はカメラ全体の温度分布図である。 G10のサポート柱がカメラの内部と外部を熱的に遮断していることが分かる。 図3.4.3はCCDの温度分布図と熱の流れの図である。 この図から 3W の冷凍機二台でCCDをほぼ一様に176°K(−98°C)に 冷却できることが分かる。 また、図3.4.4は窓の温度分布図と熱の流れの図である。 窓は275°K(2°C)まで冷却されるので結露の可能性がある。

    3.4.3 結論


    デュワーの大きさ、使用する材質、CCDの発熱などまだ未定の要素があるが、 大体 3W の冷却能力を持つ冷凍機が二台あればCCDを−90°C以下に 冷やすことができる。





    3.5 エレクトロニクス


    Messia関係の部分に関しては別個に詳しい資料があるので、ここではカメラのデュワ ー部分のエレクトロニクスについて述べる。図3.5.1にデュワーエレクトロニクス のブロック図を示す。Messiaから送られてくる制御信号はTranceiverによって作動 信号から通常のTTL信号へ変換される。この信号には(1)CCDに送るクロックパ ターン、(2)Biasボード(後述)上のDigital-to-Analog Convertorなど各種ボ ードの制御、(3)カメラ本体以外の機器制御のために信号(これについてはここで は述べない)などが含まれる。
    Biasボードでは各CCD信号のためのHighとLowの電圧が生成される。この電圧と デジタルのクロック信号からをもとにClock-Driverが実際のクロック信号を生成す る。このBiasボードの回路は、電圧生成にEEPROM付きのDACが使われて、それにオ ペアンプのバッファーが付いた構成になっている。各電圧をモニターすることもで きる。回路的にはSDSSのものを洗練させて作っている。回路図を3.5.2に示す。 これまでのモザイクCCDに使っていた日本TIのCCDは素子間のばらつきが小 さかったため、Bias電圧はCCDごとに微調整をすることが必要ではなかったので 、Bias回路は複数のCCDで共有していた。しかし一般的に、民生品ではないCCD 素子の場合は素子間のばらつきが大きく、Bias電圧をCCDごとに微調整する必 要があり、Biasボードの数もCCDの数と同じ分を取り付ける予定である。
    Biasボードで生成された電圧とTranceiverで変換されたデジタル信号はデュワーの 中に位置しているClock-driverに送られる。図3.5.3にClock-driverの回路図を示 す。Clock-driverはアナログスイッチによって、HighとLowの電圧をデジタル信号 に従ってトグルさせ、実際のCCDのクロック信号を生成する。
    CCDから出力されるビデオ信号はPreampによって約10倍に増幅される。図3.5.4に Preampの回路図を示す。現在使おうとしているCCDの出力はすべて16-17Vのバイ アス電圧を持っているため、Preampの入力はACカップリングとなっている。このデ カップリングには漏れ電流の小さいポリスチレンコンデンサーを使用している。増 幅されたアナログ信号はデュワーの外のADC基板へ送られる。
    機械機構の部分でも述べたが、Clock-DriverとPrempの回路は4層構造の Flexible-Printed-Circuit
    (FPC)の上に生成される。(これはCCDとの断熱を FPC上の微細線で行えるということと、デュワー内部の配線を著しく簡素化できる ことが長所である。)ちなみにCCDとこれらのボードの間の信号線の本数はCCD1個 あたりについて約40本であり、10個のCCDに対しては400本近い本数になる。これ らの結線をコンスタンタン線のような古典的な方法で行うことは不可能である。 FPCを使った場合、微細線の断面積は18μ m × 75 μ m = 1.35×10^-9(m^2)である(線幅は50μmにまで細くできる)。 銅の熱伝導は400W/mK。微細線の長さを15cm=0.15mに取 った場合、100度の温度差に対して、 400 × 1.35 × 10^-9 / 0.15 × 100 = 3.6 × 10^-4W の熱流入になる。これが400本あった場合は全体で0.144Wの寄与となるだ けである。また40本分のFPCは約10mmの幅しかなく、これを10本デュワーの中を走 らせるのは全く問題にならない。
    ADCボードの回路図を図3.5.5に示す。入力段はオペアンプによる作動入力で、その 後典型的なDouble-Correlated-Sampling(又はDouble-Slope-Sampling)となって いる。回路図はJim Gunnが成熟させたものを基本にしている。その後信号は16ビッ トのADCによってデジタル化される。現在一般的に用いられているADCは Crystal-Semiconductor社の100KHzサンプリングのもので非常に優秀なADCである が、これはすばるの仕様には若干遅いものとなっている。これより早いものとして はAnalogic社の製品群があり、"16bit"で2MHzまでのものがある。図3.5.6にカタ ログを示す。実際これらの製品(特に2MHzのものは)は14ビット程度のS/Nしかな いが、早いコンバージョンの必要なスカイの明るい場合は14bitで十分であると思 われる。500KHzのものを使った場合は16ビット近い性能が確保でき、このときの読 み出し時間は最長で16秒となる。これらの高速ADCは1個15万円程度の価格になる。 ADCからのデータはTranceiverで変換されMessiaのメモリー部へ送られる。
    CCD用のこれらのエレクトロニクス(Bias, Clock, Preamp, ADC)は現在CCD 開発と並行して進めており、可視光のCCDを使うグループに対し会社から購入 できるようになる。



    3.6 シャッター



    3.6.1 必要とされる性能


    Suprime-camに必要とされるシャッターの性能は

    1. CCDチップ間、ピクセル間に露光量の非一様性がないこと
    2. 高速であり、標準星を撮る時にサチュレーションが起きないこと
    3. 利用できるスペースが狭いので、厚みが出来るだけ薄いこと
    である。

    3.6.2 プロトタイプの設計


    以上の性能を満たすように高速で動く二枚扉のシャッターをプロトタイプ として設計した。 二枚扉にしたのは、シャッターの開閉時に二枚の扉が交互に動くことに よってCCDの各ピクセル間の露光時間を同じにできるためである。 概念図は図3.6.1の通りであり、以下の要素から成っている。

    1. シャッター扉:工業用プラスチックの一種であるデルリン (ポリアセタール樹脂)を用いる。 デルリンは強度、摩擦、摩耗特性に優れた材質である。
    2. 外枠:アルミまたはジュラルミンを用いる。
    3. 駆動部:シャッター扉の駆動にはステッピングモーターを用いる。
    4. 動力伝達部:タイミングベルト、プーリを用いる。
    5. 位置検出装置:Photo-interrupterを用いる。



    3.6.3 プロトタイプ機の性能評価


    前述の設計に沿ってシャッターのプロトタイプを製作した。
    全体の大きさは462mm×400mmで、厚みは16mmである。 シャッター本体の重さは約3.7kgとなった。 モーター部はスペーサーを含めて約70mmの高さになるが この部分はカメラ本体から十分離れているためぶつかることはない。 (詳細は図3.6.2を参照)
    このプロトタイプではシャッターの開口部151mmを0.6秒で シャッターの扉が開閉するようになっている。 開閉速度はタイミングプーリの直径を大きくすることで速くすることができる。 ステッピングモーターのトルク特性を見比べて最大効率の直径を選べばよい。

    シャッターは、MessiaIII システムの CIC ( CCD ・インストルメント・コントローラ) のパラレル I/O ポートの In 6 ポート、Out 6 ポートを使って制御される。 シャッターの開閉速度、及び、露出時間は、全て CIC 上の IDSP によって 制御されているため、ホスト WS の CPU 負荷の多寡によらず、 時間の精度が保証できている。 現在、精度 0.01 秒で 1 秒から 1 日までの露出が可能である。 制御ソフトウェアは MessiaIII の現段階での最新バージョンに組み込まれ、 現在既にコマンドラインモードで稼働している。

    現在はスッテピングモーターに一定周波数のパルスを送って いきなり高速回転させているが、 将来的には駆動周波数を台形型にしたパルスを与えることによって、 徐々にスピードをあげて、 一定速度になったところで開口部を通過し、徐々にスピードを落すようにする。 これによってプロトタイプに見られたシャッターの扉が動き出す瞬間の空回り、 止まる瞬間のバックラッシュがなくなり安定して動くようになる。 (こうすると定速になるまで走るランプが要るので、 シャッターの開閉方向のスペースがもう少し必要となる)
    プロトタイプ製作によっていくつか判明した問題点がある。
    まず、プロトタイプではシャッターの扉の位置制御のために フォトインターラプターを用いていたが、 フォトインターラプターの出す赤外光が CCDで感光してしまうことが判明した。 経験から接触型位置センサーはシャッターのように 移動の多い部分で使用すると損傷しやすく適さないことがわかっているので、 現在、磁気型、電気容量型近接スイッチなど小さな機構を用いた 非接触の位置制御の方法を検討中である。
    次にプロトタイプを実際にカメラに取り付けたときにカメラの自重で 変形が起こり、動かなくなったことがあった。 これは遮光を完璧にするために各パーツの間の隙間を極限まで 小さくしたことに原因があると思われる。 この問題はスッテピングモーターのパワーを上げることで解決できるが、 シャッターはできるだけ、他からの力のかからないところに固定したい。

    3.6.4 実機製作に向かって



    以上、プロトタイプの製作を通して、機能面では十分な シャッターの製作が可能な技術を習得したと考える。 スペースなど特に問題がなければプロトタイプと同じデザインで 実機の製作を進めていく。位置センサーは改良する。
    シャッターの開閉方向については必要最小限の長さが 約3視野分450mm(1視野150mm; 120mm+F2ビームの広がり約30mm) であるのに対し、主焦点ユニットの内径が850mmなので問題ない。 一方、すばるの主焦点は補正光学系から焦点面まであまり距離がない (約180mm)。 この部分にシャッターのほかに、フィルター(交換機構)、 カメラの窓、オートガイダーを配置するためシャッターに残されたスペース は僅かである。従って薄型化は必須の条件である。 現在シャッターの厚さは16mmであるが、フィルター交換機構の安全性などの 要請からもう少し薄くする必要があるかも知れない。 薄膜を用いることで格段に薄型化が計れるかどうかも検討する必要があろう。
    開閉速度については前述のように速くすることができると考えている。 実機ではシャッターの開閉が0.3秒で行なわれるように努力したい。




    3.7 フィルター交換機構


    フィルターはデュワー後方(筒先側)のフィルタースタッカーに収納されている。 このフィルタースタッカーは最大10枚までフィルターを収納することが可能 で、スタッカーごと交換することが可能である。フィルタースタッカーの中か ら任意の1枚を取り出し、デュワー前方にまでフィルターを移動させるのが、 フィルターチェンジャーである。このフィルターチェンジャーは基本的に、光 軸方向とそれに垂直な方向の単純なXYステージである。スタッカー内でフィル ターは押しネジによって固定されており、まず任意の1枚を選んだのち、フィル ターチェンジャーがそのフィルターを保持する。フィルターごと押しネジを押し、 光軸方向にわずかに平行移動し、固定を解除する。この後、まず光軸に対して 垂直な方向に移動し、デュワーの側面をすり抜けるようにデュワー前方に運搬 される。フィルターはデュワー窓前方10mmの位置に置くことを想定しており、 これによりフィルターの大きさは171mm平方より大きくなくてはならない。交換に 要する時間は10-20秒を想定している。
    どのようなフィルターを開発グループで用意するかは9章を参照されたい。



    3.8 データ取得システム:DAQ


    3.8.1 概要


    データ取得はすばるの標準的なCCDコントロール+DAQシステムである Messia-IIIに準拠しておこなう。次節に、Messia-IIIのマニュアルより 抜粋した、性能の概要を記す。
    Messia-IIIの標準ボードセットでは、画像メモリー部が最大データ量128Mバ イト、転送速度500Kbyte/secまでにしか対応していない。そのためSuprime-cam には、別途外部メモリーモジュールを開発し使用する。実際問題として、素子 の数がそろうのには時間がかかるため、当面は標準のMessia-IIIで十分である。 またメモリーの技術は進歩が大変早いため現在開発製作しても、早急に陳腐化 してしまうおそれがある。従って、このメモリーモジュールの開発は1997年 後半から1998年にかけて行う予定である。

    3.8.2 Messia-III概要(Messia-IIIマニュアルより許可を得て転載)


    Messia-IIIは すばる望遠鏡で使えることを目指した CCDコントローラ+デー タ取得システムである。すばるにはさまざまな 観測装置が付くわけであるが、そ の観測装置+CCDカメラを制御し、データをホスト計算機へ吸い上げるのがMessia-IIIの役割である。 同時に、このMessia-IIIがさまざまな観測装置との橋渡し役になる。
    図3.8.1にMessia-IIIの概念図を示す。Messia-IIIの主要部分はVMEボードとし て実現されており、この部分からCCD用のクロック信号や装置制御信号の入出 力が行われる。またカメラからのデジタルデータが入力される。これらの VMEボードは別の場所にあるホスト計算機から光ファイバー( Fibre Channel)を通してコントロールされている。ユーザはこのホスト計算機から 全体の制御を行う。(ユーザはその用途に応じて他のVMEボードを付加 して拡張できる。)この光ファイバーの部分はハードウェアはFibre-Channel 規格品を使っているが、ソフト的な通信方法はMessia独自の方法で行っている。
    いわゆる他のCCDコントローラと違いMessia-IIIはカメラに付随したクロッ クドライバーやアンプ・ADCの回路は含んでいない。これらはグループ毎 にかなり異なり、統一するのが困難なためである。(すばるの可視光用にはカメ ラ回りの回路は統一品を作る予定である。)

    ボードの種類

    Messia-IIIの最小構成では3種類のボードがある。ホスト計算機 に近いところから紹介を行なう。

    まずホストの計算機の拡張カードであるSIFであるが、SIFとは SBus InterFace の略である。 Messia-IIIでは 当面、ホスト計算機として SPARCstation とその互換機を使用することに なっており、SBusとはSPARCstationの拡張バスである。SIFはこのSBusの 拡張カードである。SIFは 光ファイバーを通してVMEのボードと通信・データのやり取りを行う。 SIF自体にはほとんど機能はなく、ホストからのビットをVME側へ送り、 VMEから来たビットを読めるようにしているだけである。
    SIF 性能一覧



    SIFとの交信をVME側で受け持つのがVMIボードである。VMIは VME and Memory InterFace の略であ る。 この VMIには数種類の機能があり、SIFからの要求に応じてそれを実行し、結果を SIFへ送り返す。最初の機能は、VMEバス上のマスターになり他のVME ボードを読み書きすることである。もう一つの機能としては、VMIは自分自身で 画像メモリーを持っており、カメラからのデジタルデータを直接入力してSI Fへ転送することができる。さらに、VMIはローカルバスを介して、外部のメ モリーを高速に読み出すことが出来る。
    VMI 性能一覧

    VMIの詳細が知りたいときは:


    3番目のボードはCICである。これは CCD and Instrument Controller の略 である。CCDや観測装置を制御するためには適当な数のデジタル入出力とアナ ログ入出力があればよく、 さらに12ビットのADC/DAC, RS232Cポート, シリアルデーターI/Oを持っている。CICはこれらを操作するボードである。 CICはホスト計算機から直接この操作を行うこともできるし、搭載してい るDSPからも操作できる。Real-Time性が必要ない時はWSからインタラ クティブに操作できる。CCD用のクロックパターンは別に専用のDSPに よって生成される。
    CIC 性能一覧







    4 光学系の設計とその性能評価

    Suprime-camの光学系は主焦点補正系とフィルターとデュワー窓材より構成される。 補正光学系についてはこれまでに山下、成相氏及びキャノンの武士氏により検討さ れてきている。武士氏のアイデアによる「2枚組レンズを光軸と垂直方向に動かすことで 大気分散を補正するシステム」の採用により補正系がよりコンパクトになっている。 これまでに視野角が30分角、42分角のものが検討されているが、42分角のものは、 1)スチュワートプラットフォーム用ジャッキスペースに光学系がかかってしまうこと、 2)既にそれまでに設計してあったバッフルにケラれてしまうことを理由に不採用に なった(武士氏の記憶による。会議録現在調査中)。

    4.1 補正光学系の光学性能

    そこで、ここでは30分視野角のデザイン「sbr612」をもとに光学性能の評価を行った。 図4.1(a)、(b)に光学系デザインの鳥瞰図と側面図をそれぞれ示した。3枚目、4枚目の レンズが上下に動くことで大気分散を補正する。天頂観測時にはオフセットがゼロで、 天頂距離が60°の時30.1mmの移動になる。像面に最も近い平板は、フィルター及び デューワー窓を想定しており、合わせて15mm取ってある。現在のデザインではフィルター 厚5mm、窓厚15mmを考えているので、この数字が採用された場合は武士氏に最適化を再度 お願いしなければならない。なお、本章で示した光学計算は、武士氏の指導を 受けて、天文台開発実験センターデザイン室でCODE-Vを用いて行った。

    4.1.1 スポットダイアグラム

    図4.2に天頂距離60°時のスポットダイアグラムを示した。波長は400nm、521.6nm、900nmの3 波長、画角は+15分、+8分、0、-8分、-15分の5フィールドを選んだ。スケールは図中下に示され、 マウナケアでの最良シーングサイズ0.3秒角をとってある。RMSでみるとすべて0.3秒角以内におさまっ ている。

    4.1.2 像面歪曲 (distortion)

    像面歪曲は、
    DIS = \frac{y’-\overline{y}’}{\overline{y}’}\time 100
    \overline{y}’ = f’tan(θ)
    で定義される。ここで、f’は合成f値、θは画角である。 像面歪曲は、精密な位置測定を行う際や、シフトして撮像した天体画像を重ね 合わせるする際に 考慮しなければならない。実際には各画像を仮想面にマップし直す。その変位の度合いを表すのが 式(4.1)である。sbr612に関する像面歪曲を天頂距離0°と60°について計算した結果を 図4.3(a)、(b)に示した。天頂距離0°の時は視野端(15分角)で約1 % であり、
    15μmのピクセルCCDを 採用すると、50ピクセルの変位になる。0°の時は波長依存性は少ない。 注目すべきは天頂距離60°の場合で、波長依存性が大きく でており、さらに視野端に至るまでの途中の画角で極値をもつような曲線群に変化している点である。 これは、観測時の天頂距離が大きく異なる際の画像の重ね合わせには充分注意を払う必要があることを示している。
    CCDを配置した時に生じるスペーシングと回転の度合いは、位置の分かっている天体が多くある 領域を観測して決めるが、この際像面歪曲の程度も同時に考慮しなければならないため、できるだけシンプルな 像面歪曲が望ましい。したがって、sbr612のように非軸対称の大気分散補正系を採用した場合、天頂付近でこの ような較正観測を行うようにしたほうがよい。

    4.1.3 分光感度特性

    sbr612は400〜1000nmを想定して設計されている(武士氏談)Uバンドでの観測を想定して紫外域 の透過率を調べてみる。sbr612で用いられている硝材の着色度\footnote{1cm厚の時、 透過率が80 % /20 % に落ちる波長(nm)の(1)/(10)を示したもの}を次表にまとめた。




    BSL7 PBM5 BSM14 PBM2 FPL51
    34/30 35/32 35/30 36/32 35/31




    これを見てわかるように、350nm付近で用いられている全ての硝材で80 % に落ちており、ガラスの全透過 距離が20cmを越えるsbr612の場合(0.8^20となり)、透過率は実質ゼロにな る。従って、Uバンドの観測を しようとすると硝材の再検討が必要である。また、400nm以下では反射も問題になり、反射防止膜も 紫外用にも用いることができるものにしなければならない。この際長波長側の特性 の劣化は避けられないが、数 % のオーダーであり、Uバンドが観測できる重要 性に比べて十分小さい。

    4.1.4 フィルターとデューワー窓の影響

    フィルターとデュワーの窓材の位置は厚さを保っていれば、武士氏の元のデザインの位置より 前後数cm動かしても星像に影響が無いことを確かめた。次に窓材を真空に引いた際のたわみが 星像に与える影響を見積もる。 等分布荷重を受ける半径a、厚さtの円板の変形(中心での最大変位)は次式で表される。
    z = (3)/(16)・\frac{w_{0}a^4(1-ν)(5+ν)}{Et^3} 
    ここで、E、νはそれぞれ材質のヤング率、ポアソン比である。また、w_{0}はここでは 大気圧に相当する。今(a,t)=(10 cm,1.5 cm)とすると、z=32μ mとなる。(ガラスのヤング率を 7.13× 10^10[N/m^2]、ポアソン比を0.22とした)このたわみを球面で近似すると曲率半径が 160mになる。
    この曲率を窓の表と裏に入れてスポットダイアグラムを書いてみたところ、平板時のダイアグラム と区別がつかないほど差は小さかった。これは、窓が焦点面に近いこと、たわみガラスがメニスカスになってい て、収差を互いにキャンセルする効果を考慮すると理解できる。

    4.2 カセグレン焦点に装着時の光学性能

    Suprime-camの撮像装置部分を、「すばる」立ち上げ時の試験観測装置としてカセグレン焦点に とりつけるという提案がある。この観測を想定した光学性能を評価した。図 4.4(a)にフィルター厚 10mm、デュワー窓材15mmを仮定したときのスポットダイアグラムを示した。画 角は下より、 0分、1.5分、3分である。像面湾曲があるため全視野を見てフォーカスを合わせたときに中心と 画像端側でアウトフォーカスになっている。図中下に示したバーが0.2秒角であるので6分の 視野内であれば想定ベストシーングの0.3秒角を切っている。参考までにデュワー窓をフィールド フラットナーとして設計してみると図4.4(b)にしめすように星像が改善することが分かった。 この計算では窓厚の最小値を15mmにとった。窓の大気面を半径99cmの球面に研磨すればよい。
    カセグレン焦点は視野角6分角が仕様になっており、SuprimeカメラのCCDで全視野をカバーすることが できる。また1ピクセル15μmとするとピクセルスケールは0.03秒角/pixelとなる。















    5 限界等級の計算


    5.1 はじめに

    以下では簡単のために点光源を考え、これをすばる望遠鏡+Suprime-camを用いて撮像する場合の限界等級及びS/Nの計算を行なう。

    5.2 Signal

    天体からの光子数をn_{sig}とすると、
    n_{sig}・hν = f_0・10^-0.4m・ε _{atm}・(π )/(4)D^2・ε _{sys}・t
    ここで、 \{
    hν : 光子のエネルギー (J)
    f_0 : 0等星からの大気外での flux (W・cm^-2)
    m : 天体の等級
    (π )/(4)D^2 : 望遠鏡集光面積(D: 口径) (cm^2)
    ε _{atm} : 大気減光による損失
    ε _{sys} : system(望遠鏡+検出器、フィルター等)による損失
    t : 積分時間 (sec.)
    . である。
    可視光の領域では1個の光子がCCDで1個の光電子を作るので、n_{sig}の値は signal の光電子数に等しい。
    実際に計算する際には、f_0はあるバンドでの値とし、ν はそのバンドのeffective wave lengthに対応する値を用いることにする。

    5.3 Noise

    Noiseは、大きく分けてsky noiseとdetector noiseの2種類からなる。まずsky noiseであるが、CCDの1画素当たりのskyからの光子数n_{sky} は、n_{sig} と同様にして、
    n_{sky}・hν = f_0・10^{-0.4μ _{sky}}・(π )/(4)D^2・ε _{sys}・t・a_p
    と表される。ここで、 \{
    μ _{sky} : Sky の明るさ ( mag/□ '')
    a_p : 1 pixelの面積を□ ''単位で表したもの
    . である。
    次にdetector noiseであるが、その原因としてはCCDのreadout noise、digitization noise、及びdark currentが挙げられる。各成分のおおよその値は次の通りである。


    Readout noise σ _r 〜 3 e^-/ pixel・read (低速モード)
    Digitization noise σ _d 〜 1 e^-/ pixel
    Dark current σ _{dark} 〜 0.001 e^-/ pixel・sec


    積分時間を1000秒程度とすると、1pixel当たりのdark currentは約1e^-となる。

    5.4 S/N

    以上より、image area(面積はA pixels)全体で考えると、
    S/N = \frac{n_{sig}}{\sqrt{n_{sig}+n_{sky}・A+(σ _r^2+σ _d^2 +(σ _{dark}t)^2)・A}}
    を計算すればよいことになる。
    n_{sig}及びn_{sky}を求めるのに必要な、望遠鏡及びCCDのパラメータの値は次の通りである。


    口径 D 8.2 m
    焦点距離 f 17.25 m
    scale 11''.9/ mm
    pixel size 15μ m × 15μ m (0''.18 × 0''.18)
    a_p 3.19 × 10^-2 □ ''


    ここではUBVRIの5バンドについて計算を行なう。バンドに依存する諸量については次のような値を採用する。

    Band λ (=c/ν )(μ m) ε _{atm} ε _{sys} μ _{sky}( mag/□ '') (f_0)/(hν )( photons・cm^{-2・s^-1})


    U 0.36 0.54 0.10 21.6 5.16 × 10^5
    B 0.44 0.79 0.25 22.3 1.43 × 10^6
    V 0.55 0.87 0.40 21.1 8.87 × 10^5
    R 0.64 0.91 0.55 20.3 1.14 × 10^6
    I 0.79 0.95 0.45 19.2 7.52 × 10^5


    また、1''.0φ のapertureを通して見るとすると、A = π ・0.5^2/a_p = 24.6 pixelsとなる。


    このようにして計算した結果は、次ページのようになった。
    左側はS/N=3,5,10に対応する天体の等級を積分時間の関数として表したもの、右側は1時間積分した時の天体のS/Nを、その等級の関数として表したものである。上からUBVRIの順に並べてある。










    6 データ解析ソフト



    6.1 現在のモザイクCCDカメラのソフト概要


    モザイクカメラのグループはこれまでに 2 台のモザイク CCD カメラを製作し、 木曽観測所のシュミットカメラ、ラス・カンパナス天文台の 1m 望遠鏡、 ラ・パルマ天文台の 4.2m ウィリアム・ハーシェル望遠鏡などを用いて 実際の観測を行ってきている。この観測データを処理解析するための 基本的なソフトウェアも既に完成し、実用に供されている。
    これまでに作成してきたモザイク CCD カメラは Suprime-cam のプロトタイプであり、 得られるデータの基本的な構造と性質は変わらない。 したがって、Suprime-cam のデータ解析用ソフトウェアの場合も これまでに蓄積されたソフトウェアの延長と考えて良い。
    これまでに、モザイク CCD カメラの開発グループで独自に開発してきた 整約解析用ソフトウェアの機能を列挙すると以下のようなものである (詳細は添付資料)。

  • [バイアスカウント補正] ~
    観測時に取得した多数のバイアス画像のメジアンを用いて バイアスの補正を行う。
  • [ダーク・カウント補正]~
    ダーク・カウントが無視できなければその補正を行う。 また欠陥画素等の除去補正等も同時に行う。
  • [光学歪みの補正]~
    望遠鏡光学系の欠陥あるいは特性による光学的な歪みの補正を行う。
    現在は、その補正量の特に大きなウイリアム・ハーシェル望遠鏡用の ものができているが、すばる望遠鏡でも同様の補正が必要である。
  • [CCD 感度ムラ補正]~
    夜空を撮った画像(スカイ)と人工一様光を撮った画像(通常はドームフラット) から、星像の除去あるいはメジアンなどによって感度ムラの低周波 および高周波成分を表す画像(フラット・フィールド画像)を求め、 これを用いて感度ムラの補正を行う。
  • [背景光補正]~
    1 CCD 素子の画像を適当な大きさのメッシュに分割し、各メッシュ内の 統計値からその点における背景光の値を推定し、この値の補間によって 全画面の各画素毎の背景光値を得てこれを補正する。 (現在のアルゴリズムは画像内に大きな天体の無いことを仮定しているので、 大きな天体のある場合は、SPIRAL等の別のプログラムを用いる必要がある)
  • [明るい天体の検出、測光]~
    背景光補正後の画像から適当な閾値を基準にして明るい天体を検出し、 位置、及び、フラックスを求める。
  • [シーイングの測定と補正]~
    一般に露光毎にシーイングが異なるので、そのままの画像を用いると 天体の検出や測光パラメータの測定に非一様性が生じる。 これを防ぐために、まず各画像の星像から点拡散関数(point spread function; PSF)を求め、画像の質を判断した後に、全ての画質をそろえる。 (現時点では、残念ながら、画質の悪い方に揃えることになるが、 将来に信頼のおけるシーイング補正アルゴリズムが確立すれば、 それと置き換えられる)
  • [各 CCD 素子の画像の結合条件の決定]~
    検出された明るい天体のデータを元に、1回の露光で得られる各素子の 画像間の位置関係の決定とフラックスの規格化を行う。 この時、天体の位置と明るさの誤差が全体で均一になるようなアルゴリズム を用いる。
  • [画像合成] ~
    各 CCD 素子からの画像を仮想的な単一画像として合成する。 これは、単一のプログラムではなく、他のプログラムの画像入力部 で用いられる機能である。これによって、各ソフトウェアは複数の 画像を個々に意識することなく単一の画像として扱って処理できる。
  • [天体の検出と測光パラメータの決定]~
    仮想的な単一画像から、天体を検出し測光パラメータを測定する。 ここで得られるパラメータを用いて、明るさの絶対較正、星(あるいは 恒星状天体)と銀河(あるいは拡がった天体)の分離および天体の分類等が 行われ、最終的な天体のカタログが作成される。 <
    次頁に上記のソフトを使った処理の流れ図を示す。
    このソフトウェア群は全て標準C言語で書かれており、可搬性は非常に高い。 扱うデータ形式としても、すばるで採用される FITS に対応しつつあり、 今後、Suprime-cam データ用に変更するには、単にデータとパラメータの入出力 インターフェイスの仕様を適合させるだけである。 この点については次節で詳説する。

    6.2 すばるのソフトへ


    前節に述べたように、基本的な部分は既に完成しており技術的困難は 殆どないが、検討すべき事項およびさらに作業せねばならない部分が あるので、ここで述べておく。

    6.2.1 ファイルの形式と名前について


    Suprime-cam の画像データは、すばる望遠鏡の画像データの標準である FITS 形式を採用する。このカメラは5×2の計 10 個の CCD 素子を持つが 各々の CCD 素子からの画像は別々の画像ファイルとして出力される。つまり、 1 回の露出によって 10 個の FITS ファイルが得られることになる。
    現在、我々の用いているモザイク CCD カメラ用のソフトウェアは、 基本的にファイル名が単純な順序番号ではなく、 何らかの意味を持つものであると仮定している。 また、各々の処理後に出力されるファイルについても、 どんな処理を施されたファイルかが判るような 接頭子あるいは接尾子(拡張子)の付いた名前となる。
    ファイル名(特に接頭子と接尾子を除いた基本部分)の付け方はユーザが任意に 選べることを基本としているが、これはデータアーカイブの観点からは若干 不都合であるかも知れない。 これに関しては、名前を二重化(ユーザあるいは観測者の使う名前と 望遠鏡管理者の使う順序番号)することを考慮したい。このような仕組みは Suprime-camに特有な問題ではないので、すばる望遠鏡側で用意するインターフェース あるいはツールキットのレベルで実現されることが望ましい。

    6.2.2 WCS について


    得られた画像の解析処理および簡易処理、あるいはアーカイブデータの 利用時の便宜のために、画像データのヘッダ部には IRAF あるいは FITS などで 採用(あるいは採用を検討)されている、いわゆる WCS (World Coordinate System) に準拠したキーワードデータを付加する計画である。
    しかし、FITS 形式における WCS はまだ提案段階のものであり、またWCSに対応する パラメータを充分な精度で観測時に決定することは困難であるので、詳細な仕様に ついては検討を要する。
    また観測時に得られる生データに WCS のパラメータを付加する場合には、 その精度が充分ではないことを明示するフラグが必要であろう。

    6.2.3 ソフトウェアの完成までに必要なこと


    Suprime-cam のために行わねばならないソフトウェアの 変更点は以下の通りである。

  • [すばる望遠鏡の標準インターフェイスとの結合]~
    すばる望遠鏡では、全ての観測機器でデータ取得および データ解析を同じような感覚で効率良く確実に行うために、 ユーザインターフェイスの統一化が試みられるはずである。 このための、ソフトウェアの再構成およびすばる望遠鏡側で用意される ソフトウェアインターフェイスとの適合作業が必要である。
    これに関しては、すばる望遠鏡側から仕様の設定およびツールキットの 提供がないため、いまだに検討を行えないでいる。
  • [すばる望遠鏡の特性への対応]~
    これまで作成してきたモザイク CCD カメラについても、使用する 望遠鏡の特性(たとえば像面湾曲、視野のケラレなど)に応じた ソフトウェアの調整を行ってきた。すばる望遠鏡についても何らかの チューニングが必要であるはずであるが、基本的には望遠鏡と 観測機器の完成を待たねばならない。
    ソフトウエアのプロトタイプとしてはウイリアム・ハーシェル望遠鏡用 の光学歪み補正ソフトウエアが完成している。
  • [データ形式の変更]~
    これまでは、基本的なデータ形式として IRAF 形式を採用してきた。 これをすばる望遠鏡の標準形式である FITS 形式に変更する。
    ただし、既存のソフトウェアも既に殆どが FITS 形式に対応しており、 FITS 形式の採用に大きな困難はない。また WCS についても、 有用なライブラリが利用できるので方針が決まれば 対応は可能である。
  • [データアーカイブへの対応]~
    観測によって得られる貴重なデータをアーカイブとして保存し、 将来にわたって有効利用していくためには、データ形式および 付加情報(ヘッダなどによる)の標準化が必要である。
    これに関しても、すばる望遠鏡側のアーカイブに関する仕様の 決定を待つ状況であるが、 他の幾つかの観測機器の製作グループと連絡協議を始めている。
    Suprime-Camとして現在考えているFITSヘッダーのキーワードの 一覧を6.4節に示した。この一覧に含まれる情報のかなりの部分は 望遠鏡側から提供されるべきデータであるので、確認を要望する。
  • [機能の拡充]~
    現在用意されているソフトウェアは、サーベイ的な観測を 行い、天体を検出し測光パラメータを得るということを目的とした もののみである。したがって、例えば大きな天体の詳細な表面測光の ためのルーチンなどは不十分である。しかし、そのようなソフトの 多くは、FOCAS の撮像モードとも共通するものであるので、FOCAS グループ との協力あるいは既存のSPIRAL等のソフトの改良などで順次整備可能 であると思われる(実際に協議を開始している)。
    <

    6.2.4 現在利用可能なソフトウェアツール


    上に述べた、現有のソフトからすばる望遠鏡へ向けたソフトウェアの整備のために 用いることのできる(使用実績のある)ツール(関数あるいはサブルーチンライブラリ) を以下に挙げておく。これらの存在も上記の整備作業を保証する要素である。

  • imcライブラリ~
    関口真木が開発したIRAFおよびFITS形式をサポートする 画像の入出力ルーチンのライブラリであり、C言語あるいはFortranを使って プログラム開発ができる。現在のモザイクCCDカメラの解析ソフトの 基本部分で用いられている。また、何画像かのモザイキング(画像合成)で 構成される画像を1つの仮想画像として扱える点も特徴である。
  • SPIRALライブラリ~
    岡村定矩、濱部勝、市川伸一らで長年にわたって開発蓄積して来た 天文画像解析用のFortranライブラリであり、その入出力ルーチンは (現在は)IRAF形式のみをサポートしている。小規模天体画像の精密 解析用ソフトSPIRALの構成要素となっている。
  • FITSIOライブラリ~
    FITS形式の提案者等(W. PenceおよびNRAO)により開発保守されている FITS形式データを扱うためのC言語およびFortranをサポートする ライブラリである。 仮に現在のimcライブラリに不足があってもFITSIOで全てカバーが できるはずである。
  • PGPLOTライブラリ~
    CaltechのT. J. Pearsonにより開発保守されているグラフィック ルーチンのライブラリでC言語およびFortranをサポートする。 SDSS計画やSPIRALなどで採用された実績がある。 (現在、我々のグループの中でもFITSIOとPGPLOTを利用した 大規模FITS画像の表示プログラムの試作が行われている。
  • WCSライブラリ~
    ATNF (Australia Telescope National Facility)のM. Calabrettaに よって開発された天球上の座標を様々な投影法によるものに変換し、 かつWCSのキーワードを決めるためのライブラリである。 C言語およびFortran用のものがあり、WCS規約のFITSヘッダーの 付加のために用いる。
    <

    6.3 観測器がソフトを通してデータに付加する情報


    データの解析およびデータアーカイブのために必要な付加情報の大半は データのヘッダ(FITSヘッダ)として、データの取得時あるいはデータの 変更(整約処理などによる)時に自動的に付加あるいは変更されねばならない。
    データ取得時にどのようにヘッダを付加するかは、すばる望遠鏡側の ソフトとの兼ね合いで決まるため明確にはなっていないが、ここでは 最低限必要な情報について項目と内容を明示しておく。

    6.4 FITSキーワード(案)


    FITS 形式の生データ・ファイルのヘッダに含めるキーワードとしては、 国内 FITS 委員会の統一案に準拠して、以下のものを考えている。
    今後、他の観測機器との調整、すばるデータアーカイブの動向などを見て 更に検討を行い、最終的なものを得たいと考えている。





    7 Suprime-cam の標準測光バンドシステム


    Suprime-cam では10枚のフィルターを使用することができる。通常の観測にお いてはこのうちの5枚は以下に述べる標準測光バンドをいれておく。残り5枚に ついては観測の目的に応じて別の測光システムの広帯域フィルターを入れたり、 特殊な狭帯域フィルター(50Åくらいまで)を入れたりする。 Suprime-cam の標準測光バンドシステムとしては Sloan Digital Sky Survey 計画(SDSS) の測光システムを採用する ことを提案する。 SDSS とは北天の約 1 万平方度および南天の約 300 平方度 (暫定) の領域の天体の測光・分光サーベイ計画のことで、 日米共同で進められている。 撮像の限界等級は r' 〜eq 22.5 mag である。 SDSS が完了すれば、その掃天領域の広さと測光精度の高さから考えて、 SDSS の測光システムが世界で広く用いられるだろう。
    SDSS の測光システムは u'、g'、r'、i'、z' の 5 つのバンドを持つ。 図 7.1 に感度特性を示す。CCD の感度 (SDSS で実際に用いられるもの) も考慮されている。u' バンド用の CCD は UV 透過型である。 各バンドのフィルターは、Schott の色ガラス (長波長側を通す) に干渉膜 (短波長側を通す) を蒸着して作る。
    以下に各バンドのフィルターのスペックを示す。 SDSS に実際に用いられるフィルターは全て我々のグループが製作した もので (製作は終了している)、研磨、蒸着いずれも日本国内の メーカーが担当した。したがって製作技術は確立している。 ただし、 Suprime-cam 用のものはサイズが約 20 cm 角と 大きいので (SDSS 用は約 8 cm 角) それだけ製作は困難になる。 特に、干渉膜の均等な蒸着およびガラスの貼り合わせには 特別な工夫が必要となるだろう。

    u' バンド



    [ガラス] BG38 (1mm) + UG11 (1mm) + UVK7 (3mm)

    [干渉膜] T(3300-4200 A) > 90 % (average)
    T(3200-3300 A) > 80 %
    T(6650 A) < 1 %
    T(7200 A) < 0.01 %
    T(8000 A) < 1 %
    anti-reflection coating on the other side: R < 1 %




    g' バンド



    [ガラス] GG400 (2mm) + BG38 (3mm)

    [干渉膜] T(4000-5300 A) > 94 % (average)
    T(6000-7500 A) < 0.1 %
    cutoff (T=50 % ) wavelength = 5450 ± 50 A
    cutoff width (T=90 - 10 % ) < 200 A
    anti-reflection coating on the other side: R < 1 %




    r' バンド



    [ガラス] OG550 (4mm) + BK7 (1mm)

    [干渉膜] T(5300-6750 A) > 94 % (average)
    T(7500-10800 A) < 0.1 %
    T(10800-11000 A) < 0.3 %
    cutoff (T=50 % ) wavelength = 7000 ± 50 A
    cutoff width (T=90 - 10 % ) < 200 A
    anti-reflection coating on the other side: R < 1 %





    i' バンド



    [ガラス] RG695 (4mm) + BK7 (1mm)

    [干渉膜] T(6800-8320 A) > 94 % (average)
    T(9000-11000 A) < 0.1 %
    cutoff (T=50 % ) wavelength = 8500 ± 50 A
    cutoff width (T=90 - 10 % ) < 200 A
    anti-reflection coating on the other side: R < 1 %




    z' バンド



    [ガラス] RG830 (4mm) + BK7 (1mm)

    [干渉膜] T(8300-11000 A) < 0.5 %
    anti-reflection coating on the other side: R < 1 %



    \noindent Notes.
    1. T は内部透過率 (internal transmittance)。
    2. R は反射率。
    3. z' バンドの長波長側は CCD の感度でカットされる。



    8 開発グループと役割分担


    Suprime-cam の開発には、これまで可視光のモザイクCCDカメ ラとそのデータ解析システムの開発を行ってきた、 国立天文台と東京大学大学 院理学系研究科のグループが中心となってあたる。 Suprime-cam を使った観測により大学院学生が 学位(博士)論文をかける時期になって きたので、興味を持った院生には積極的に参加してもらう。 それ以外でも、新たに開発に参加したい人は歓迎する。
     このグループはこれまで、1k × 1k の CCD を 16 素子を並べた木曽シュ ミット用のモザイク CCD カメラ 1 号機、 40 素子並べた 2 号機の開発の実績 を有している。また、関口はスローンディジタルスカイサーベイ (SDSS) 用に、2k × 2k の CCD を 30 個と 2k × 400 の CCD を 24 個並べた超大型モザイク CCD カメラを製作中である。 関口はアメリカ国立光学天文台の次期 CCD カメラ計画の デザインレビューのレビュアーを依頼されるなど、 モザイク CCD カメラ開発の世界的権威の一人である。 小宮山、八木は大型のシャッターを開発した経験を有する。 土居、安田、嶋作、八木、濱部らは、SDSS 計画のソフト開発・性能テストに 参加しており、天体画像データ処理ソフトの世界の最前線の知識を有している。 このグループで開発した、我々のモザイク CCD カメラのデータ解析ソフトは 現状では世界でも一線級の性能である。 宮崎は、ハワイ大学で CCD 素子の開発とテストに従事し、豊富な 経験を有している。
     開発組織と主な分担は以下の通りである。分担は厳密な境界で 分けられているわけではない。研究テーマの検討は全員で行う。



    責任者 岡村定矩 (東大院理・教授 ; 全体システム)
    関口真木 (国立天文台・助手 ; カメラハードウェア、駆動系)

    開発グループ 土居 守 (東大院理・助手; ハードウェア・DAQインターフェイス)
    嶋作一大 (東大院理・助手; 大型フィルタ・データ解析ソフト)
    濱部 勝 (東大理・助手; データベース・ソフト / DAQインターフェイス)
    宮崎 聡 (国立天文台・助手; CCD素子開発・光学計算)
    安田直樹 (東大院理・学振特別研究員; データ解析ソフト・光学計算)
    八木雅文 (東大院理・D2; ハードウェア・データ解析ソフト)
    川崎 渉 (東大院理・D1; データ解析ソフト)
    小宮山裕 (東大院理・M2; ハードウェア)
    柏川伸成 (国立天文台・助手; アドバイザー)^1)



    1) 柏川氏はFOCAS開発の中心メンバーであるが、モザイクCCDカ メラの開発に豊富な経験を有しているのでアドバイザーとして協力を仰ぐ。 また木曽観測所のスタッフもCCDカメラ開発と運用の経験を有するので、 必要な場合に協力をいただく。





    9 開発のタイムスケジュール


    平成 8 年度(1996)

    フィルタ自動交換機構を設計・試作する。カメラシステム全体の概略 図面を作り、モックアップを製作して物理的なスペースの問題など望遠鏡と 干渉する可能性のある部分を R & D する。 また、大型窓の試作・変形の測定解析も行う。 本番とほぼ同じ仕様のテストデュアーを製作する。これにテスト用素子を入れ、 駆動電子回路も入れて、小規模ながら実機と同じシステムを構成して 性能の確認と各種のテストを行なう。
    データ解析ソフトは、既存のモザイク CCD カメラ用のものを使用しながら 改良・性能強化を図る。

    平成 9 年度(1997)

    シャッタを製作する。本番用のデュワーを製作する。大型フィルタの製作を 開始する。駆動用電子回路を 10 素子分製作する。 この年度より本番用の CCD 素子の購入を開始する。本番用の素子の性能テスト を行ないながらデュアーに順次組み込む。必要な駆動電子回路も組み込む。 この時点で、CCD の数が足りない点以外はカメラとしては一応の完成をしている。 機会があれば、他の望遠鏡 ( 例えば WHT )につけて実 際に観測したりしてみる。
    モザイク CCD カメラ用のデータ解析ソフトを Suprime-cam 用に 改修する。

    平成 10 年度(1998)

    CCD 素子の入手と組み込みを継続する。フィルタ交換機構を製作する。 大型フィルタの残りを製作する。 全体システムの最終調整・改修を行い、カ メラシステムのハードウェアを完成させる。 ( 注 : 短期間に多量の本番用 CCD 素子を入手するの は困難であろうと推測してここでは素子の購入を平成 9, 10, 11 年度の 3 年度に分けた。しかし、もしこの年度に全ての素子が入手できればカメラは完 成できる。) この時点でカメラとしては観測に充分使用できる状態になって いる。 CCD 素子が何個実装されているかは、 CCD の製造結果による。
    カセグレン焦点が最初に立ち上がるので、主焦点が立ち上がるまでは、 カセグレン焦点につけて観測を行なう。
    データ解析用のソフトウェアを「すばる」のデータ解析用計算 機システムに移植して、データ解析ソフトを完成させる。

    平成 11 年度(1999)

    本番用 CCD 素子の購入とテストを完了し、開発を終える。






    10 Suprime-cam予算年次計画


    Suprime-cam予算年次計画
    (単位 千円)

    1996/5/22



    品目 H8(1996) H9(1997) H10(1998) H11(1999)

    モックアップ 500

    真空ポンプ 1500
    カメラデュワーー(含機械部品)
    テスト用デュワーー 2000
    本番用デュワーー 3000
    窓材 (含研磨) 500
    冷凍機 (3W 2台) 4000

    大型シャッタ 1000

    フィルター交換機構
    試作品 1000
    本番用 10000

    電子回路部品(含MessiaIII) 4000^(1) 1000 1000 1000
    メモリボード 500 3000

    制御系
    制御用WS 2000 5000
    保守料 200 200 200

    大型フィルタ(5枚) 2400 3600

    CCD素子
    テスト用 10000^(2)
    本番用(3,3,4) 30000 30000 40000

    解析ソフト
    改修用WS 5000

    その他
    輸送費用 1000

    計 21000 42600 53800 46200 163600



    (1)、(2)については、FDRの時に説明します。




    A 冷凍機



    B CCD の emissivity




    C 主焦点バッフルについて


    はじめに

    バッフルの役目は、観測装置が見ている視野以外からの光が、 観測装置(検出器)に到達しないようにすることである。 ここでは、すばるの主焦点にどのようなバッフルが必要であるかを考察する。
    可視光での観測を考える。 バッフルによって遮光すべき光は二種類ある。 第一は視野30'φの外にある空(天体)から直接 主焦点補正光学系に入射する光であり、 それが補正光学系内部で散乱されて、検出器に到達するものである。 第二は天体からの光や人工光がどこかで散乱を受けた後に 補正光学系に入射するものである。 これら二成分についてそれぞれ考察する。 以下では、主焦点観測装置に背面(主今日と反対側)から入射する 光はないことを前提とする。

    視野30'φの外の空(天体)から直接入射する光

    光軸から15'以上傾いた光線は直接検出器には入らないが、 補正レンズで反射されたが多重反射散乱によって検出器に到達する。 まず、そもそもこのような光ができるだけ補正光学系に 入射しないように 補正レンズ支持環の内壁にヒダをつける。 入射するものについてはレンズ面での反射や 補正レンズ支持環での反射を繰り返して 検出器に到達する成分がある。 レンズにARコートを十分に施す必要があるが、 支持環内壁のヒダは、反射を減らしこの成分を減らす効果もある。 ヒダは検出器側に傾いている方が良いと思われる。
    ヒダの長さ(半径方向の幅)は、θ = 15 ' , F2の光束を切らない条件で決まる。 間隔は検出器の一番端に到達する光線が 第一レンズで反射する角度 θ_1 と 第二レンズで反射する角度 θ_2 を求めて、この角度の光線が遮られないように ヒダを設計する。

    散乱光に対するバッフル

    散乱光の入口として、センターセクションとミラーセル間および、 センターセクションと補正系間の空間がある。 前者から入る光の方が、入射角(θ_{1} 〜 18° :(F2)) が小さいので、これについて遮光できれば後者についても遮光できると考えて良い。
    トップリングの内環がバッフルの役目をするが、これがθ ≧ θ_{1} の光に対して有効なら、別にバッフルを設ける必要はない。 しかしそうでない場合は補正系支持環にバッフルをつける必要がある。 ただし、θ_{1} 〜 18 〜 18°ビームの角度であるので、 メインビームを遮ることにならないか整合性をチェックする必要がある。

    まとめ

    主焦点バッフルとしては、

    必要がある。





    D 主焦点観測装置



    { 参考資料 (「すばる光学系と観測装置」研究会報告 1992.12)}

    岡村定矩(東大理)


    要約

     視野30’を光損失最少の主焦点で実現する広視野補正系は、最も暗い天体、 そして宇宙の涯てを見ようとする「すばる」の意志の具体的表現であり、これ なしで「すばる」が「世界一」になることはあり得ない。主焦点用には基本装 置として、可視光モザイクCCDカメラと近赤外モザイクアレイカメラ、分光 用には500チャネル程度の安定した高効率多天体ファイバ分光器を開発製作 するのが妥当である。立ち上げ時には画素が小さく、高速読み出し可能でかつ flexureが無視できるような治具的なCCDカメラも必要になるであろう。

    はじめに
       まず主焦点広視野の意義についての議論が掲載されている古い文献をいくつ か挙げておく。光天連「広視野サブグループ」報告書(1984.6)、観測装置ワー クショップ集録(1985.10)、光天連シンポジウム集録(1987.1)、JNLT観測 機器ワークショップ(1987.9)、観測天文学シンポジウム集録(1990.1)。
     1990年になって、焦点距離を変えない「8m化」が行われ、主焦点のF 比が明るくなったために、従来の目標であった30′の視野にわたって良質の 星像を得る主焦点広視野補正系の設計上の難度が格段に増加した。これに伴い、 写野周辺での多少の星像劣化を許しても広い視野を確保すべきか、星像の質を 重視して視野を限定すべきかについての議論が何回か行われた。(JNLT拡 大技術会1990.9;光天連シンポジウム1991.1;すばる観測装置大ワークショッ プ1992.3;すばる周辺光学系分科会1992.8)。  次節にこれらの会において述べた筆者の考えを要約する。

    主焦点広視野の意義

     地上の望遠鏡による今日の詳細な観測的研究の恐らく95 % 以上が既知の天 体の観測ではないかと思う(95 % は言い過ぎかもしれないが80 % 以上であ ることは間違いあるまい)。このことは日常的には余り意識されない一つの重 要な事実を示す。すなわち「今日の地上望遠鏡は、これまで何らかの方法によっ て、発見され、カタログされた天体の詳細な観測に基づいて天文学を進めてい る」ということである。
     1980年頃までは、シュミット望遠鏡がサーベイし、見つかった天体を大 望遠鏡が詳細に観測するという連携が標準的であった。パロマーシュミットに よるサーベイから作られた数多くのカタログが、今日の観測的研究の基礎となっ ていることは周知の事実である。74年から南天のサーベイを開始したUKシュ ミットが発見した数々の新しい天体を、隣にあるAATが追究観測することで 多くの成果を挙げたのは、この連携の最も新しい顕著な例である。この連携が 成功した背景は限界等級のマッチングにあった。大型シュミット望遠鏡の限界 等級(Bバンド)は撮像で約21等、対物プリズム分光で約14ー18等であ る。一方、大望遠鏡による平均的な分光観測の限界等級は当時17ー18等で あり(Kirshner et al. 1983, 1987)、まさにシュミットで見つけた天体の追 究観測に適していたのである。
     1980年代になってCCDが本格的に天文観測に用いられ始めてこの状況 は一変した。4m級望遠鏡にCCDを検出器として用いると、1秒程度のシー ングの下で、撮像は27ー28等(Tyson 1988)、分光においても22ー24 等級が達成できるようになった(Broadhurst et al. 1988, Lilly et al. 1991)。分光観測においても、シュミットの撮像観測の限界を超えるよう になったのである。この状況では最も暗い分光対象の選定にシュミット及び既 存のカタログは使えない。4m級望遠鏡につけられたCCDカメラによって対 象を探すしかないのである。この例を如実に示す一例を図1と図2に示す。有 名なA370のアークであるが、パロマーチャートでは影も形も見えないくら いのこの微光のアークの分光観測から、これが重力レンズ像であることが確認 されたのである(Soucail et al. 1988)。
     1990年代から我々は、subarcsecのシーングの下に置かれた8m鏡とC CDの時代に入ろうとしている。この次世代の装置に期待されているのは、約 30等までの天体を撮像し、26ー27等の天体を分光する能力である(cf., JNLTブルーブック 1989)。「すばる」による最先端の分光観測の対象を 見いだすためには既存のカタログは全く使えない。これまでのサーベイでは全 く、あるいはほとんど見えなかった天体の位置を記録する「Next Generation Sky Survey」が必要となるのである。「すばる」の観測対象は今日の4m望遠 鏡+CCDの撮像の限界近くにあり、4m鏡を持たない我国が独力で観測対象 を見つけようとすれば、「すばる」で探さざるを得ない。
     ディジタルスカイサーベイ計画が注目を集めているが、この計画の最大の特 徴は、限界等級は浅いが(撮像23等、分光19等)全天の4分の1にわたる 超ワイドサーベイにより、1億個の銀河の位置と明るさ、100万個の銀河と 10万個のクェーサーのスペクトルの均質なデータを得る所にある。このデー タベースは、「すばる」の観測計画策定に極めて重要な役割を果たすことは間 違いないが、「すばる」の能力の限界近くにある暗い観測対象を与えてくれる ものではないことに注意しなければならない。このように見てくると、諸外国 の4mや8m級で見つけられた天体の後追い観測に終始するのではなく、本当 に新しい天体を自ら発見しその性質を解明することによって天文学の最前線を 切り拓くためには、広視野の主焦点はすばるにとって必要不可欠のものである。 カセグレン焦点のみでは極めて不十分であることは、その視野6’がHSTの WF/PCの視野の僅か5倍しかないことを考えれば充分納得されるであろう。
     ここであえて象徴的なまとめをすると次のようになる。

    視野30’を光損失最少の平坦な主焦点で実現する主焦点広視野補正系は、最 も暗い天体、そして宇宙の涯てを見ようとする「すばる」の意志の具体的表現 であり、これなしで「すばる」が世界一になることはあり得ない。


     主焦点広視野は観測的宇宙論にとってのみ必要であるかのように考えられて いるきらいがある。確かにこの分野における意義は色々な機会に強調されてい るが(例えば、すばる拡大技術会資料SG312-4/5、本稿に添付)、主焦点広視 野は、極限の微光天体を対象とする全ての分野にとって等しく本質的な意義を 持つものであることはいくら強調しても強調しすぎることないと私は考えてい る。私はかつて木曽で視野2’のPIASで試験観測を行ったときに、チャー トのない状況下での狭視野の困難を実感した(このときは幸いパロマーチャー トは使えたのだが)。頼るべきチャートのない状況における観測がどんなもの になるのか、是非一度想像してみていただきたい。

    広視野に関する最近のいくつかの議論について

     広視野の意義及び主焦点カメラの検討の過程においた出てきた最近のいくつ かの議論について、私のコメントと疑問を述べる。

    「すばるより広視野(のカメラ)をもつ8ー10m鏡が複数ある中です ばるの広視野をどう意義づけるか」という議論

     私はこれには多少誤解があるのではないかと考えている。すばるより広視野 でCCDによるイメージングのできるものとして計画されているのはDSS用 の2.5m望遠鏡(カセグレン焦点、視野2.7度、実寸60cm)のみであると思 う。計画中の8ー10m鏡は、すばる以外では主焦点を持つものはない。この クラスの望遠鏡のカセグレンあるいはナスミス焦点における30’以上の視野 は実寸で直径1mのオーダーになる。CCCで直接この全面をカバーするのは 現実的でないし、フォーカルリデューサを利用するとしても全視野を有効に生 かすことは難しいのではなかろうか。大望遠鏡計画の最近の進展状況を詳しく 調べてはいないが、30’より大きな視野でイメージングの可能な8ー10m 鏡は本当に複数あることになるのだろうか。カセグレンやナスミス焦点で30’ 以上の広視野は確かに計画されているが、私の理解ではそれらは多天体分光に 主眼をおいているものである。そのための観測対象の選定は何らかの別のデー タソースを用いる必要がある。もしこの理解が正しければ、すばるの広視野主 焦点の価値は増しこそすれ少しも減ずるものではない。詳しい情報をお持ちの 方は是非お知らせいただきたい。

    「主焦点はアンダーサンプリングなのですばるの高解像力が生かせない」 という議論
         主焦点でのスケールは1秒が約80μmに相当し、0.3秒のFWHMは2 4μmとなる。現在想定されているCCDの画素は12μm程度であるから これは約2画素/FWHMのサンプリングに対応する。これは「高解像力を生 かす」(PSFの情報をほぼ完全に復元する)という観点からは確かにアンダー サンプリングであるが、「極微光天体の検出と測光」という点からは最適に近 いサンプリングであると考える。    そもそも最適サンプリングの問題は「解像力を生かす」ことを目的とする場 合と、「極微光天体の検出と測光」を目的とする場合は別々に考えるべきであ る。PSFの情報をほぼ完全に復元しようとする前者の場合は、大ざっぱに言っ て約8画素/FWHMのサンプリングが必要である(Walker 1987)。これを 主焦点で実現しようとすると画素サイズは3μmとなり、現実的でなくなる。 後者の場合には約1画素/FWHMが理想的であるが、CCDの感度ムラ、宇 宙線の混入等を考えると1.5-2画素/FWHMが最適に近いと考えられる。も ちろん、観測がSky-limited(検出器ノイズが無視できる)な場合には到達で きるS/Nは画素サイズ(サンプリング)にはよらず、必要な積分時間が変わ るだけである。しかし、狭帯域の観測では検出器ノイズも無視できない場合が あることや、全体としての観測効率を考えて、最適のサンプリングとそれを実 現すべき最適の焦点という概念が目的別に出てくるのである。「極微光天体の 検出と測光」は主焦点で、「超高解像力を生かしたイメージング観測」はカセ グレン焦点でという切り分け(cf.観測装置ワークショップ1985)をしないと、 どちらも中途半端になってしまう可能性がある。角分解能と限界等級は常に相 反する要請であるので、超高解像力を生かしたイメージングが比較的明るい天 体に限られることになるのはやむを得ないことと考える。
     研究会で上野氏より指摘があったが、技術進歩により5ー8μm画素の低ノ イズCCDでfull wellの小さくないものが開発され、そのデータを蓄積及び 高速処理するコンピュターが実用化されれば、主焦点においても、データ取得 後に上記二つのモードをデータ解析によって一定程度使い分けるといったこと が可能になるかも知れない。これは多いに期待される方向である。そのことを 考慮に入れたとしても、次の認識は大筋で正しいものと思う。

    (1)主焦点広写野の意義は「超微光天体の検出と測光」及び「多天体同時分光」 にある。(2)カセグレンあるいはナスミス焦点の(イメージングにおける) 意義は、「明るい天体の超高解像撮像」にある。

     それではすばるの高解像力は主焦点においては必要ないのであろうか。答は  Yes and No である。極微光天体の検出と測光の精度は像質によることは自 明である。これまでハワイのベストシーング(まだ未知の要因もありどこまで よくなるかは定かではない)に見合った光学性能をもつ大望遠鏡がないという 意味では是非「必要」であり、広写野全面にわたってベストシーングより格段 によい像質を追求する必要はないという意味では「不要」である。

    「主焦点広写野で「スペックル観測」を行う」という議論

     すばる(8.2m)によるスペックルのサイズ(回折限界の2倍をとる)は近 赤外域(波長1ー2μmで約0.05-0.1秒であり、主焦点では4ー8μmに対応 する。このサイズのスペックル中から最大光度のものを検出してシフトアンド アッド法を適用することは検出器の性能からして不可能ではないかと私は考え ていた。研究会での議論において、主焦点で考えられているのは、スペックル のフルサンプリングではなく、短時間露出の多数の画像に対して、いわばティッ プティルト補正を局所的に行うことに相当することが理解でき疑問の一つが解 消した。もう一つの疑問は、0.1秒という短時間露出では、読出しノイズで limitされ、結局明るい天体の情報しか得られないために、主焦点広写野のメ リットがあまりなくなるのではないかということである。これについては、J、 Hバンドは難しいが、Kバンドは何とかなるのではないかとの評価があった。

    「イメージングでは詳細な天文学を展開できず、分光観測が必要であ る」 という議論
       これについては本質的には正しい指摘と考えるが、「イメージングは最も粗 い分光である」という視点が抜けているのではないかという気がする。分光的 手段による観測が届かないほど暗い天体について、SEDに関する何らかの情 報を得たいと思う時、イメージング(=多色測光)が唯一可能な手段であるこ とは既に多くの例から良く知られていることである。望遠鏡が決まっている場 合に分光観測の限界と撮像観測の限界の間には大ざっぱに言って4等級程度の 差があるので、世界のトップクラスの性能を有する「すばる」にとって、イメー ジングにおいてしか有意な情報を得られない天体は多数あり、しかもそれらは 8等級望遠鏡によってしか観測できない天体なのである。
     イメージング観測のもう一つの重要な役割は、詳細な天文学を展開するため に必要な分光観測の戦略の策定や、観測対象の選定に不可欠なデータを提供す ることである。分光観測による詳細な天文学の展開のためにまさにイメージン グが必要なのである。(ディジタルスカイサーベイ計画がすばるにとって極め て重要な意義を有する点はここにある。)

    「これからのCCDの本命はbuttable CCDではないか」とい う議論

     これについては、観測装置そのものに関する議論であるので、ここでは詳細 には立ち入らない。大型のbuttable CCD(のモザイク)においても隙間は ゼロにはできないことと、小型の通常のCCDのモザイクには次の利点がある ことを述べ、詳細なメリット、デメリットの調査が必要であることを指摘する に止める。
     小型CCDのモザイクの利点:安価で性能の安定したものが入手できる、パッ ケージ内のCCDには手をつけなくて良い(技術的に簡単)、焦点面の微妙な わん曲等への対応が可能、Saturateにした星が汚染する面積の割合が少ない。  いずれにせよ、素子自体については、大きさ、性能ともに「すばる」の天文 学研究に最適のものをどのようにして入手(開発)するかは今後の課題である。

    主焦点観測装置

     これまで述べた主焦点広写野の意義を考えて主焦点観測装置として、 
    (1)可視光モザイクCCDカメラ
    (2)近赤外モザイクアレイカメラ
    (3)多天体ファイバ分光器
    の三つを提案する。ただし立ち上げ時には、望遠鏡の性能をチェックすること に使える治具的なCCDカメラが別に必要になるかも知れない(小平氏の指摘)。 このカメラは画素が小さく、高速読み出しが可能で、flexureが無視できるく らい小型軽量のものが望ましいだろう。
     上記のうち(1)、(2)は「すばる」で行う多くの観測にとって何らかの関わり を持つと思われる基本装置である。検出器の種類やモザイクの様式などはこれ からの検討課題と言えるが、両方ともプロトタイプとも言えるものについて開 発が進んでいることは心強い。(3)については、どのような天体が観測ターゲッ トとなるかについてのイメージをはっきりさせる必要がある。ファイバ分光器 の場合、空の差引の精度、微分大気差などによる位置のずれ等の問題から、極 限の微光天体の観測には向かないと一般には考えられている(それはたとえば、 FOCASのマルチスリットモードあるいはもっと斬新な装置の役割である)。 「すばる」の場合、ファイバー分光の限界等級を23等すると、主焦点の一視 野には2500個程度の銀河が入る。露出時間を揃えるなどの調整も必要なの で一回に観測できる銀河は1000個程度となるであろう。すばるでは主焦点 の実寸が直径150mm程度なので、スペースの問題から500チャンネル以 上とることは難しかろう。通常の手法を使えば現実には200チャンネル位か と思われる。しかし、仮りに200チャンネルしかないとしても、極めて安定 で効率よく自動的に観測が行えるようなものができれば、絶大な威力を発揮す ることは間違いない。多天体分光器の性能はファイバーの本数だけでは決まら ない。望遠鏡とのマッチング、分光器の効率などすべて勘案して、要はどれだ けの数の天体をどれだけの暗さまで、どれだけの時間で観測できるかという総 合性能が勝負を決める。ファイバーの本数だけの勘定から、「600本の分光 器がある時代に200本は時代遅れ」と結論するのは少々早計のように思われ る。
     現在精力的にこの方面の実験を行っている能丸、唐牛氏から、この研究会で 「もっと多チャンネルのものが出来るかも知れない」との指摘があったので、 大変期待が出来ると考えている。

    おわりに

     これまでの主焦点広視野に関する議論における問題点を明確にするために、 あえて独断を強調する形で本文を書きました。定量的詰めのない所や誤解も多 いと思いますので、ご指摘をいただけると幸いです。



    Broadhurst et al. 1988, M.N.R.A.S., 235, 827.
    Kirshner et al. 1983, A.J., 88, 1285.
    Kirshner et al. 1987, Ap.J., 314, 493.
    Lilly et al. 1991, Ap.J., 369, 79.
    Soucail et al. 1988, Astr. Ap., 191, L19.
    Tyson. 1988, A.J., 96, 1.
    Walker 1987, Astromomical Observations (Cambridge University Press)