すばる主焦点カメラにおける微分大気差の影響と 露出時間限界の評価


すばる主焦点広視野カメラのように広い視野を 持つカメラでは 微分大気差による星像の浮き上がりによって、 時間とともに焦点面上での天体の相対位置が変化し、 視野が歪んで像が悪化する事が知られている。 本レポートでは、この位置変化量を計算し、 像の悪化をさせないためには露出時間を どの程度に押え込めばよいのかを評価する。

モデル


まず、望遠鏡の制御は、 視野のY軸を常に赤経軸に平行であるように保ちながら、 視野中心にある天体で望遠鏡をガイドする、とした。
像の浮き上がりは天頂から天体へ下ろした 大円に沿って動くものとし、その大きさは 田中(1993) のマウナケア山頂のモデル
r=35''.746 tan z - 0''.0431 tan^3 z + 0''.000164 tan^5 z
を用いて計算した。 r が大気差であり、z は天体の天頂距離である。
焦点面への投影には収差は考慮せず、 赤道座標 (α,δ) を 浮き上がった視野中心天体を中心にした 心射で (ξ,η) 平面に投影し、 この平面上で像の移動を調べた。

結果


以上のモデルに基づいて、 視野中心の赤緯 δ は (+80,-40) の範囲で 10 度間隔、 時角 HA は (-3h,+3h) の範囲で 0.5h 間隔、 天体は画像中心から α/cos(δ)= 0,± 15' δ=0,± 15 ' のうち視野中心を除いた 8 点に ついて焦点面上での位置を計算した。
結果の一部を図 1a 1b 1c 1d に示す。 このような動きは過去報告されているモデル(eg. Bowen (1967)) とよくあっている。
次に、視野中心の赤緯 (δ_c) を与えておき、ある時角 h から露出を開始した場合、 何秒露出をすると像の移動量の最大値が 0.1 arcsec を越えるかを計算した。 (PSF の FWHM が 〜 0.3 arcsec として、 像の移動量 0.1 arcsec を許容像劣化の限界とした。)
この結果を横軸を sec(z) に取った図が 図 2 である。 微分大気差の影響は同じ sec(z) であっても、 (δ,h) によって異なるが、この図の edge-line が 目安を与えている。
この図より、例えば 最悪の場所に対しては、 天頂距離 30 度 (sec(z) = 2/√3 = 1.15) 付近で、露出時間限界は 2400 秒 (40 分) であり、 天頂距離 45 度 (sec(z) = √2 = 1.41) では、 1500 秒 (15 分) であることがわかる。
視野の場所によっては、微分大気差による 視野歪みの主要な成分が視野の回転になる。 すばるでは、instrument rotator があるので、 このような場所では、像の回転成分を取り除き、 露出可能時間の延長を図ることも可能である。 最適回転を行なった(画像での回転成分を全て取り除いた) 場合のシミュレーションが 図 3 である。 視野の赤緯によっては露出時間限界が延びる場合もあるが、 その大きさはたかだか 1800 秒 (30 分) 程度であり 最悪の場合は、回転を加えない場合と ほとんど違いがないことがわかる。
このことは、何枚もの露出を重ねる場合であっても、 天頂角が1時間以上違うものを使う場合には、 像の精度を出そうとすると、スケール補正、歪み補正が 必要になるということを意味している。

まとめ


  1. 微分大気差による星像の移動の許容量を 0.1 arcsec とすると、 最悪の露出時間限界は、 それぞれ、 z = 30 度 で約 40 分、 z = 45 度 で約 15 分となる。 ただし空の場所によってはこれ以上が可能な場合もある。
  2. 実際にはガイドは視野端の星を使って行なうことになるであろう。 この場合、予め微分大気差の影響を推定しておき視野中心において 正しくガイドしていることになるようガイド量に 補正をかける必要がある。 これに関しては検討が必要である。
  3. 以上のような限界の計算、補正を行なうために、 観測計画が決まったら、それに応じて 微分大気差の影響を計算したり、 それを考慮して望遠鏡のガイドにフィードバックを かけられるようなソフトウェアが制御用計算機に 組み込まれることが必要である。


reference

Bowen, I., S. QJ 1967 8 , 9
田中済 1993, 国立天文台報 1 , 349


図の解説


Fig 1a: 焦点上での天体の動きを δ=+60° で求めた。 時角 HA は (-3h,+3h) の範囲で 0.5h 間隔、 天体は画像中心から α/cos(δ)= 0,± 15' δ=0,± 15 ' のうち視野中心を除いた 8 点に ついて焦点面上での位置を計算し、 一つの図にまとめた。 スケールは焦点面中心で 1 arcsec に相当する量である。


Fig 1b: Fig 1a と同じ。 δ=+30°


Fig 1c: Fig 1a と同じ。 δ=+0°


Fig 1d: Fig 1a と同じ。 δ=-30°


Fig 2: ある δ に対して、ある HA から 露出を開始したときに、 視野端の天体の移動量の最大値が 0.1 arcsec を越えない 限界の露出時間 (sec) と その露出開始時での sec(z) の関係。 変数の範囲は、 時角 HA は (-3h,+3h) の間を 0.5h 間隔、 δ は (+80,-40) の範囲で 10 deg 間隔で 計算した。


Fig 3: 回転成分による像劣化を修正した場合の 限界露出時間と sec(z) の関係。 変数の範囲は Fig 2. と同じ。


付録:計算手法

本計算ではベクトルを用いた計算を行なった。
まず、天球を単位球に取って、 天の北極を (0,0,1) 視野中心を \vec{s_c}=(cos(δ),0,sin(δ)) ととる。 この時、天頂は観測所の時角 h を用いて \vec{z}=(cos(h)cos(φ),sin(h)cos(φ),sin(φ)) と書ける。(時間とともに h は増加) この時、天頂距離 z_c は cos(z_c) = \vec{s_c} ・ \vec{z} と書け、 tan(z_c) = √{1/(cos^2(z_c))-1} を使って、浮き上がり r_c r_c=35''.746 tan(z_c) - 0''.0431 tan^3(z_c) + 0''.000164 tan^5(z_c) は簡単に計算できる。 この r_c を用いて、視野中心の座標は、 \vec{s'_c}=(cos(r_c)-(sin(r_c))/(tan(z)))\vec{s_c}+(sin(r_c))/(cos(z)tan(z))\vec{z} と書ける。
同様に視野中心から (dα,dδ) 離れた天体 \vec{s}=(cos(dα)cos(δ+dδ), sin(dα)cos(δ+dδ), sin(δ+dδ)) に関しても \vec{s'}=(cos(r)-(sin(r))/(tan(z)))\vec{s}+(sin(r))/(cos(z)tan(z))\vec{z} と計算できる。
この\vec{s'}を\vec{s'_c} 中心に投影する。 北極ベクトル \vec{p}=(0,0,1) を用いて ξ=\frac{1}{\vec{s'}・\vec{s'_c}} \frac{(\vec{s'_c}×\vec{p})}{|\vec{s'_c}×\vec{p}|}・\vec{s'} η=\frac{1}{\vec{s'}・\vec{s'_c}} \frac{(\vec{s'_c}×(\vec{s'_c}×\vec{p}))}{|\vec{s'_c}×\vec{p}|} ・\vec{s'} となる。

がーん。やっぱり HTML にすると数式はだめだな。