すばる主焦点広視野CCDカメラ(Suprime-Cam)

Suprime-camグループ


1 概要


 「すばる」主焦点(視野直径30分角)のほぼ全面を、15ミクロンの画素、ピー ク量子効率90 % を有する2000×4000画素のCCD素子10個を用い て覆い尽くす主焦点広視野カメラSuprime-camは、帯域幅50Å 以下の極狭帯域撮像を別にすれば、波長0.30〜1.1ミクロンの可視光帯 における撮像観測のほとんどすべての要求に答え得る装置であり、太陽系の深 探査から宇宙論的観測まで、「すばる」による幅広い天文学展開のもっとも基礎と なる装置の一つである。
 Suprime-camは、ハードウェアだけでなく、データ処理と解析のための標準的な ソフトウェアを含めた天文学研究のための一つの 自己完結したツールとして設計・開発される。 また、Suprime-camの製作により実現されるCCDのモザイク化 に関する機械的・電気的技術は、大フォーマットCCDをモザイク化して使用 する、「すばる」のすべての観測装置のカメラ製作の基盤技術である。
光損失最少の主焦点において、視野直径30分角を分解能0.2秒角で 撮像するSuprime-camは、最も暗い天体、 そして宇宙の涯てを見ようとする「すばる」の象徴であり、「世界一」の望遠鏡と なるべき「すばる」に必要不可欠の装置と言える。

2 他の望遠鏡の装置との比較


 他の8m級望遠鏡は、広視野の主焦点を有しないこともあり、Suprime-camに 匹敵する30分角視野のCCDカメラ計画が具体化されているものはない。 ハワイ大学で、Suprime-camに用いる予定の素子と同型の素子を8素子並 べた8000×8000画素のモザイクCCDカメラが1995年春に開発さ れテスト使用が行なわれているが、Suprime-camでは量子効率の ずっと高い素子を用いる予定である。同種のカメラはおそらく、4m クラスの望遠鏡でも次第に使われるようになろう。 物理的な感光面積と視野ともにSuprime-camを凌ぐものはスローン ディジタルスカイサーベイ(SDSS)用のモザイクCCDカメラのみであるが、 これは2.5mの専用望遠鏡につけられる。

3 ハードウェア仕様

Suprime-camの仕様をまとめると以下のようになる。

CCD素子単位:   2000×4000画素、3辺隣接可能型、15μm画素
       裏面照射、分光感度 0.30〜1.1μm
          (ただし、すばる立ち上げ期には主焦点補正光学系の              制限からUバンドの観測はできない)
CCD素子の数:   10単位(5個×2列)
全画素数:    10000×8000画素
画素サイズ:   15μm
          (主焦点で約0.2秒角、カセグレン焦点で約0.03秒角)
撮像面積:    15cm×12cm
           (主焦点で約30分角×24分角、             カセグレン焦点で約5分角×4分角)
画素の位置精度: xy方向5μm、z方向10μm(焦点深度15μm)
読みだし時間:  低速モード 20〜40秒
        高速モード  7〜14秒
読みだしノイズ: 低速モード 3e以下(目標1e)
        高速モード 7e以下
データ量:    160MB(一露光当たり)


CCD駆動温度:   -80度ないし-90度C

冷却方式:     スターリングサイクル冷凍機2台による

結露防止:     空気吹き付けによる

観測モード:    ステアリングモード(ポインティングモード)

デュアーサイズ:  直径292mm×高さ約120cm

フィルタ枚数:   10枚を自動交換可能

シャッタ:     1秒〜開放(1秒刻み) (0.1秒までを目指す)

重量:       デュワー 約20Kg、フィルタ交換機構 約20Kg

消費電力:     100W(デュアー内)、300W(VME)、100W(冷凍機)

データ解析ソフト: 画像から天体カタログを自動生成する(2時間/1露光)


4 ハードウェア概観



図1にカメラのデザイン全体を示す。 図2が立体分解図である。 カメラは本体の円形のデュワー、背面に配置された冷凍機と外部エレクトロニクス、 およびさらにその背面のフィルタースタッカーからなる。カメラ前面にはフィル ターホルダーとシャッターが配置される。
カメラ本体はこれまでのモザイクカメラの外観を受継いだ平べったいものとな っている。カメラ内部にはCCDを並べた板とクロックドライバー・プリアン プのエレクトロニクスが配置されている。
デュワーのすぐ背面には冷凍機・エレクトロニクスなど発熱するものが集め られており、この部分全体は断熱シルード(缶)に覆われており、この間の内 部に熱交換機構を備えて排熱を行う。
CCD群の対角方向の大きさは約22cmになりこのためデュワー本体の外形は約 30cm近くなる。全体として内径80cmの主焦点スペースに収まらなければ ならないが、(80-30)÷2=25cmのスペースがデュワー周囲に与え られている。これはフィルター交換機構には十分な大きさとはいえないため、 フィルタースタッカーはデュワーの背面に配置されている。
これまでのモザイクカメラは窓に強化ガラスを使っていた。 強化ガラスを使用すると四角い窓でも十分な強度が得られるため、 デュワーの小型化が容易であった。すばるの場合は光学特性が最優先されるため、 窓は熔融石英であり丸型の窓ガラスとなった。また主焦点補正光学系の背面から 焦点までの距離も18cmと限られているため、デュワー前面側は 出来るだけ薄くする事が要求される。
CCDは2×5の構成で並べられている。 各々のCCDアレイはマザープレート上に固定されている。 マザープレートは1cm厚の窒化アルミ系のセラミックから出来ていて、 CCDを固定するため及び冷却するために使われている。 そしてこのマザープレートはデュワー枠に樹脂のサポートで固定される。 これらの方法はこれまでのモザイクカメラの製作で確立された技術である。 マザープレート裏側には冷凍機からのコールドフィンガーが固定され、冷却される。 温度制御はデュワー外部で冷凍機の駆動電流を制御する事で行う。
CCDチップからの信号線をデュワー外部へ直接送ることは、静電気によって 極めて高価なCCDを破壊することの原因となる。したがって、CCD信号に直結 するクロックドライバーとプリアンプの回路はデュワー内部に配置される。 この回路の物理的設計には今までのカメラ製作のノウハウが結集されている。
冷凍機は小形スターリングサイクルの冷凍機を使用する。 この程度の大きさであればカメラ背面に4個程度までなら取付ける事が出来る。 現在の熱設計では2個使用する事によってデュワー内から約6Wの排熱をすること になっている。

シャッターは昨年プロトタイプの製作を通して経験を積んできた。 プロトタイプでは開閉に要する時間0.6秒のシャッターを開発することができた。 本機はではもう少し速く開閉できるものを製作する。


5 データ取得(DAQ)


データ取得はすばるの標準的なCCDコントロール+DAQシステムである Messia-IIIに準拠しておこなう。現在の標準のMessia-III のボードだけだとメモリーへ書き込めるデータは転送速度500Kbyte/secで 最大128Mbyte程度が限界である。Suprime-camではこれより速く多くの データを取るため、独立したメモリーボードを作る。

6 データ解析ソフト



モザイクカメラのグループはこれまでに 2 台のモザイク CCD カメラを製作し、 木曽観測所のシュミットカメラ、ラス・カンパナス天文台の 1m 望遠鏡、 ラ・パルマ天文台の 4.2m ウィリアム・ハーシェル望遠鏡などを用いて 実際の観測を行ってきている。この観測データを処理解析するための 基本的なソフトウェアも既に完成し、実用に供されている。 これまでに作成してきたモザイク CCD カメラは Suprime-cam のプロトタイプであり、 得られるデータの基本的な構造と性質は変わらない。 したがって、Suprime-cam のデータ解析用ソフトウェアも これまでに蓄積されたソフトウェアの延長と考えて良い。
Suprime-cam のために行わねばならないソフトウェアの 変更点は、 すばる望遠鏡の標準インターフェイスとの結合、 すばる望遠鏡の特性への対応、データ形式の変更、 データアーカイブへの対応、および更なる機能の拡充など であるが大きな困難を伴うものはない。
現有のソフトからすばる望遠鏡へ向けたソフトウェアの整備のために 用いることのできる(使用実績のある)ツール(関数 あるいはサブルーチンライブラリ)も、imc, SPIRAL, FITSIO, PGPLOT, WCSなど、 本開発グループ のメンバーが開発に関与したものも含め多数ある。 これらの存在も上記の整備作業を保証する要素である。

7 限界等級


ここではUBVRIの5バンドについてS/Nの計算を行なった。 結果は、図3のようになった。 [Sorry this graph is only available with graphical WWW-browser.]

左側はS/N=3,5,10に対応する点源天体の等級を積分時間の関数として表したもの、
右側は1時間積分した時の天体のS/Nを、その等級の関数として表したものである。
上からUBVRIの順に並べてある。
読みだしノイズは3e^-1、AD変換時のノイズは1e^-1、
暗電流は0.001e^-1/secを仮定した。
バンドに依存する諸量については以下の表のような値を採用する。
ここで、ε_atm:大気減光による損失、
ε_sys:システムによる損失、
μ_sky:Skyの明るさ、
(f_0)/(hν):0等星からの大気外での光子数である。



Band λ(=c/ν) ε_atm ε_sys  μ_sky f_0/(hν)
U 0.36 0.54  0.10 21.6   5.16 × 10^5
B 0.44 0.79  0.25 22.3   1.43 × 10^6
V 0.55 0.87  0.40 21.1   8.87 × 10^5
R 0.64 0.91  0.55 20.3  1.14 × 10^6
I 0.79 0.95  0.45 19.2  7.52 × 10^5

λ(=c/ν)(μm) μ_sky( mag/□ ") f_0/(hν)( photons・cm^{-2・s^-1})
広帯域の測光バンドで点光源を1時間積分した場合、S/N=10に なる等級は、U=25.2, B=27.0, V=26.5, R=26.5, I=25.6 magである。 Suprime-cam がいかに暗い天体を見るに適しているかが分かるだろう。


8 Suprime-camが拓く天文学


Suprime-camの特長は何といってもその視野の広さにある。分解能においては HSTには残念ながらわずかに及ばないであろう。また撮像の深さにおいては 他の8-10m級の望遠鏡(のカセグレン/ナスミス焦点)と大差ないと思われる。 したがって、Suprime-camのユニークさを最大限に発揮する研究テーマは サーベイ的なもの、アストロメトリが重要な要素となるもの、見かけの 大きな(面輝度の低い)天体を対象とするものなどになる。 ほとんどの研究テーマは撮像観測だけで閉じるものではなく、 可視光および赤外線の分光観測と補い合って展開することになろう。
我々開発グループは、FOCASやIRCSなど分光装置の開発グループと 協力して、「銀河の進化と宇宙の構造」を明らかにするための キープロジェクトを行ないたい。 これは、観測的宇宙論の最大の研究課題であり、この解明にどこまで 迫れるかで、8-10m級望遠鏡の真価が問われるといっても過言ではない。 それぞれの装置開発グループの間での協議はまだ始まっていないが、 「すばる」望遠鏡としてのキープロジェクトに必ずや理解が得られる ものと期待している。

8.1 キープロジェクト「銀河の進化と宇宙の構造」


本研究では、まず10平方度程度の天域(40-50視野)を、u', g', r', i', z' で撮像し、全体で数100万個のオーダーのB>28等級の 銀河の明るさと色、形、大きさ、及び位置を測定する。 近赤外でのデータも是非欲しい。仮に近赤外のモザイク カメラがあると すると、1平方度以上(銀河10万個以上)はカバーできるだろう。 こうして得た測光サンプルの銀河のうちからB〜 26等級より 明るいものを選び出し、 FOCASやIRCSなどの分光器により分光観測を行う。23等級より明るいものは、 主焦点の多天体ファイバー分光器があればそれでも観測できるだろう。 全領域では対象銀河は数10万個のオーダー になるので、天域は1平方度以下程度に限定せざるを得まい。この赤方偏移z のある分光サブサンプルを基準とし、測光サンプルとあわせて銀河の進化 と宇宙の構造を明らかにするため、次のような研究を行なう。 なお、B〜 28等級では、z〜 1 − 2の銀河が多いと推定される。 z=1においては1°〜30h^-1 Mpcとなるので、 Suprime-camの30分の視野は大規模構造の探査にも良くマッチしている。 また、SDSSと同じ測光バンドを用いるので、SDSSで得られる近傍銀河 のデータを、Suprime-camで得られる遠方の銀河のデータと直接つなげ られることも大きな利点である。


このデータは、広い天域をカバーし、8m望遠鏡の限界近くの暗い天体 を含んでいるので、このキープロジェクトとは直接は関係しない 多くの研究テーマにも使える。いくつか例を挙げておく。

8.2 その他の主要テーマ


このキープロジェクトの他にも、Suprime-camによって拓かれる多くの 研究テーマが考えられる。以下にいくつかの例を示すと、


 以上はあくまでも現時点で考えられるもののほんの一例である。 すでに取り組みが始まっているものも多い。なかには、すばるが観測を 始める時点で本質的なところは解明されているものすらあるかも知れない。 研究は日々刻々と進歩するものであり、常にその進歩の最前線を歩んで いれば、その時点その時点での先端的テーマが切り開けるはずである。 もちろん、真の醍醐味は、思いもかけなかった研究テーマの出現にあることは 言うまでもないが、それは定義により予想出来ないものである。