アパッチポイント(APO)天文台訪問記                                  岡村定矩  11月28日16時30分成田発。ロスアンジェルスでサウスウエスト航空便に乗り換 え長い一日の後、現地時間14時30分にエルパソに到着。空港でレンタカーの予約を確 認し地図を入手して近くのホリデイインに泊まる。長旅の後でもあるし、天文台のGretch en女史から、当日車で直行すると天文台到着は暗くなった後になる可能性が高いので、エ ルパソで一泊するのがよいと言われていたこともあり、この日は明日に備えて何もせず寝 る(といっても時差ボケで寝たり起きたりだったが)。  翌29日8時30分に空港に行きレンタカーを借りる。小型の前輪駆動のオートマ車。 四駆が必要かとの問い合わせを前もってしておいたが、APOからは、「雪が降ってもす ぐ除雪するので四駆は不要、念のため前輪駆動にすれば良い。ゆっくり運転しなさい」と のことであった。  エルパソはテキサス州の町だが、ニューメキシコ州との境はすぐそこである。エルパソ から52号線を北上してまず目指すはアラモゴルド(Alamogordo)。空港から52号線へ は近道があるように見えたが、ホテルのバンの運転手によると素直にフリーウェイ10号 線に出てから52号線に分岐するのが一番良いとのことでそれに従う。52号線はエルパ ソから約30kmくらいはフリーウェイだが、次第に格が下がって最終的には片側一車線 の対向となる。しかし道幅は充分で交通量は少なく定規で引いたような真っ直ぐな道が地 平線まで続くので運転は楽。速度制限は55mph(90km/h)だが、スピード狂な ら120km/hは出したいだろう。  冬場に標高2800mの山中へ、しかもはじめて車で行くという今回の旅の多少の心細 さを一掃するほどの快晴。西部劇さながら(当然か)の乾いた砂漠が延々と続く。エルパ ソを出ると間もなく、右手にサクラメント山脈、左手には少し遠くにサンアンドレス山脈 の山々が見えてくる。山々といっても、砂漠にそびえる断崖という感じの方が近い。空気 の透明度が良く遠くまで見えているせいか、いくら走っても山の形はほとんど変化しない ような気がする。このあたりは軍用施設が多く、時々戦闘機が頭上を飛び交う。アラモゴ ルドの西に広がるホワイトサンズは石膏の露出地域として知られる。それよりも、アラモ ゴルド(の80km北西の地域)は、1945年7月16日に、人類史上最初の原子爆弾 が爆発した所として有名。エルパソーアラモゴルド間は、約160kmである。  昨夜読んだAPOの案内(WWWに入っている)に、「食料は自分で調達すること」と あったので、アラモゴルドのスーパーマーケットで食料を買い込み、近くのスタンドで早 めの昼食をとる。アラモゴルドの住民は軍の関係者が多いとのこと。人口は2ー3万人規 模ではないかと思う。高層ビルがなく、平地にベタッと広がったアメリカ西南部特有の形 態の町なので、一見しただけでは正体がつかみにくい。マーケットなど必要なものは大体 何でも揃っていると物の本には書いてある。ただし、本格的な都会というとやはりエルパ ソということになるらしい。  52号線はアラモゴルドの東端を突っ切って北上する。市街地をはずれかかったあたり で82号線へ分かれて東へ向かうと、いよいよサクラメントの山を登りはじめる。アラモ ゴルドから約30分、約20kmの距離を登ると、このあたりでは有名なリゾート地(避 暑及び冬のスキーなど)であるクラウドクロフト(Cloudcroft)に着く。標高は約240 0m、定住人口は600人位らしい。クラウドクロフトから「サンスポット(Sunspot)」 の標識に従い130号線に入る。この道は狭くカーブがきついがほんの2ー3km。そこ で再び「サンスポット」の標識を頼りに6563号線に入る。何か記憶にある数字、そう Hα線の波長なのである。この道はカーブが多いが良く整備されている。約20kmを行 くと(かなり長く感じる)、「アパッチポイント天文台(Apache Point Observatory)」 の標識がある。もうここは6563号線の終点に近く、標識に沿って左へ曲がればAPO 、真っ直ぐ行くと国立太陽天文台(National Solar Observatory)所属のサクラメントピ ーク天文台(Sacramento Peak Observatory)である。左へ折れて数百メートル走ると写 真では馴染み深いAPOの景色が目の前に現れる。クラウドクロフトから約30分のドラ イブである。  サイトマネージャーのBruce Gillespie氏とグレツチェン女史が出迎えてくれる。ギレ スピー氏はここへ移る前はSTScIで「Guide Star Catalog」のプロジェクトに関わっ ていたとのこと。現在もこのプロジェクトをやっている私の友人のLasker氏の話をしたら 、「彼は私の親友だ」とのことで、「世の中は狭いなあ」と感心したりする。APOには Gillespie氏を含めて6名の常駐スタッフが居る。技術者のMark Klaene、コンピュータ関 係のJim Fowler、ナイトアシスタント(Observing Specialist)のKaren Gloria とDan L ong、そして宿泊・会計などの世話をする前出のGretchen Van Dorenである。この時期た またまSDSSプロジェクト関係でTim Mackay とJim Annisがモニターテレスコープ(M T)の立ち上げと3.5mのDrift San Cameraの観測で滞在中であった。  APOにはARCの3.5m、SDSSの2.5m(未完)と0.6m(モニターテレス コープ:MT)、およびニューメキシコ州立大学の1mの4台の望遠鏡がある。まずギレ スピー氏に一通り全施設を案内して貰う。図面では知っていたが2.5mの建物は本当に 崖っぷちにせり出しており、ここから望むホワイトサンズとサンアンドレスの山々の光景 にはまさに圧倒される。2.5mのピアの上には20cm位の小さい望遠鏡が置かれてお り、シーイングをモニターしてフリードパラメータしてr0を測定しているが、まだ有意 な値を得てはいないとのこと。0.6mと1mのドームはほとんど同じ大きさである。こ れは前者が赤道儀、後者が経緯台であることによる。両望遠鏡とも完全(自動)モード観 測を目指しているがまだ立ち上がっていない。  3.5mは徹底的な軽量化と少熱容量化を図った望遠鏡だ。その徹底さと華奢な姿には 驚かされた。副鏡のサポートなどは模型のようにさえ見える。アマチュア流に言えば「ド ブソニアン」か。鏡筒の部材であるパイプ内にも外気を通して、温度差を早く解消する工 夫がなされている。ナスミスの2焦点の他にブロークン(ベント?)カセグレン5焦点の 計7焦点があり、第三鏡の回転だけで素早く切り換えられる。何種類もの観測装置を装着 しておいて、多様な観測を機動的に行う構想である。現在の所フェルミラブの作ったDrif t Scan Camera (DSC)、プリストン大学のDouble Imaging Spectrograph DIS)、シカゴ大 学の赤外線カメラ (GRIM)、の3つの装置がある。このほかに High Resolution Imager ( HRI)とEchelle Spectrographがあるが、どこが作ったか、どんなステータスかはわからな かった。各焦点は全て(ナスミスのみか?)インスツルメントローテータを備ている。こ の3.5mも、担当オペレータは現地にいるが、完全リモート観測ができるようになって いる。  一通り見て回った後、ギレスピー氏とサンスポットの施設、おもに宿舎の状況を見に行 く(後述)。その後Tim、JimとSDSS関係の進行状況等について話をする。MTは今回 最初の立ち上げ作業を行う予定であったが、オートスコープ社の制御システムの一部が不 調で修理に送り返した。このため多少予定が狂って今は12月1日から始まる3.5mの DSCの観測の準備をしている。MT用のCCDカメラも搬入されていた。フィルタ/シ ャッタボックスはAPOの技術者が製作中でメカ部はほとんど出来ており、制御部の仕上 げ段階。4連のフィルターホイルで各ホイールは6枚のフィルタを保持できる。素通し穴 を1つ作るので全部で20種類のフィルタが入れられる。シャッター機構は短時間シャッ ターでもCCDに均一に光があたるよう工夫されている。  ドーミトリは2棟ある。当初からある1棟には3部屋ある。SDSS計画に伴い新しく 出来た1棟は、2部屋とバス・トイレを1ユニットとして3ユニット計6部屋と、全員共 用の台所がある。S.Kentが設計したという話で、居住環境を考えた立派な作りで、使って ある材料や壁にかけてある絵などもなかなか素晴らしい。台所は大変立派で、ガスレンジ 、電子レンジなど豊富に揃っている。冷蔵庫と戸棚のスペースは、各部屋用と共有に別々 に区切られている。暇があれば素晴らしい料理が作れそうだ。しかし自分でこれだけの設 備を使いこなして料理する天文学者がそう多くいるとも思えない。SDSSがスタートし て常駐観測者が増えると、料理人がいないことは深刻な問題になるかも知れない。朝食と 昼食は予約をしておけばサンスポットの食堂で食べられるそうだが夕食はない。  食料は買い込んだのだが、TimとJimと三人でクラウドクロフトに夕食を食べに行く。人 が来たり珍しいことがあったりすると、それを口実に外に夕食を食べに行くのが楽しみの 一つに見える。この日食べたレストランの味の方は、アメリカのスタンダードには充分達 しているように思った。  夕食後APOに戻るとまさに満天の星。これまでどの天文台で見たよりも空は暗く透明 度が良い(と言っても、私は実は世界のベストサイトと言われる、ハワイ、チリ、ラパル マの快晴夜は見たことがない)。20年以上前アフガニスタンの砂漠で見た星空を思いだ した。リモート観測が始まっていた。この夜はDISの観測で、ワシントン大学とプリス トン大学が半夜づつシェア。担当のオペレータDan Long氏は「すべて順調」とご機嫌なの でしばらく一緒に様子を見させて貰う。リモート観測用のソフト[REMARK」はなか なか面白く「すばる」でソフト開発に関わっている人々にも一見の価値があると思われた 。ちょっと面白い所もある。DISにはスリットビュアーがない(!)。ビデオ信号はと てもネットワークで遠くは送れないのでもともと設計に入っていない。このため、目的の 天体をスリットに載せるためには、まずガイド星を入れ、入ったことを(スペクトルをと って)確かめて、それからオフセットをかける。このために必要なオーバーヘッド時間は 馬鹿にならない(どころか莫大)。スリットビュアーをつけて、スリットに乗せるまでは 現地でオペレータがやれば(どうせ居るのだから)何倍も効率が上がるのにちょっと不思 議に思う。   一時間くらい見ているうちに、グレーティングボックスの扉が「開」状態という信号が 出放しになり、ソフトのリセットも効かなくなる。30分位計算機との奮闘、計算機ネッ トを通じての観測者とオペレータの交信、さらには電話での交信などで対策を試みるがダ メ。ついにDan Long氏が防寒着を着てドームへ向かう。引き揚げる潮時である。翌朝尋ね たら結局1時間くらいして、ハードのリセットで復帰したとのこと。  翌11月30日、立派な台所を使ってささやかな朝食を作り,APO周辺の地図と多少 の情報を調べて、11時頃APOを出る。途中クラウドクロフトの村の様子、アラモゴル ドの街の様子を少し見学してエルパソへ戻る。  SDSSの観測が始まって、APOに長期滞在する際の滞在場所としては、サンスポッ ト、クラウドクロフト、アラモゴルドの三カ所の可能性がある(来訪者が増えることが予 想されるのでAPOのドーミトリは長期滞在者は受け入れたくないとギレスピー氏は言っ ていた)。それぞれの場所にはそれぞれの特徴がある。 私の見聞きした範囲での感想は以下の通り。  生活の便利さという点からすればアラモゴルドが一番だが、毎日アラモゴルド−APO を通うのは非常に大変、とくに冬場は不可能に近いように思う。週に一回程度(休暇に) 帰る程度なら何とかなるだろう。APOから2km程度のサンスポットはその対極にある 。ここは天文台の職員と来訪研究者だけが生活する村(?)なのである。現在約10家族 をふくむ50ー60人が生活しているとのこと。店は一件もない。ただし鍵をかけずに外 出しても大丈夫なほど安全である。郵便局はあり、CATVが30局くらい入るそうだ。 均質な集団なので共同体意識が強く、よく皆で週末のパーティなど催して楽しんでいると のこと。うまくとけ込めると楽しく暮らせるだろう。家は広さは充分あり、家具なしで月 150ー200ドル、家具つきで月300ー400ドルである。今は空いてないが、空き が出たらAPOとして借り上げたいとギレスピー氏が言っていた。東大天文の吉村氏がサ ンスポットに8ヶ月滞在した経験がある。   APOまで車で30分のクラウドクロフトは、24時間営業のマーケットもあり、一応 の生活環境も整っていて滞在に最も適しているように見える。「The Lodge」と呼ばれる 由緒あるホテルがある。リゾート地だけに貸別荘的な家は多く見られる。しかし短期貸し が多いので、長期となると多少探す手間がいるかもしれない。家賃は月500ドルなら上 等の物件だそうだ。4ー5万ドル出すと家を購入することが出きる。購入時は最初に約2 割、残りを4ー5年で支払うこともできるらしいので、年間約100万円を5年間出せれ ば購入も可能(最後は売却する)。  木曽になぞらえると、サンスポットは才児か樽沢、クラウドクロフトは王滝村(の半分 くらい)、アラモゴルドは中津川、エルパソが松本(距離は別として)といったところで はないかと思われる。